JAPANESE MARITIME LAW

弁護士  松井孝之
弁護士 秋葉理恵
海事補佐人 赤地 茂


















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急増する香港籍船舶に関する実務的検討

マリタックス法律事務所
弁護士 松井孝之

香港籍船舶は、従来のパナマあるいはベリーゼ等のいわゆる便宜地籍船舶とは全く異なるものであり、香港船籍の船舶を便宜地籍船舶と呼ぶことは間違いである。しかしながら、ファイナンサー及び船主にとって香港籍船舶は有利な点が少なくない。特にファイナンサーにとってのメリットは捨てがたいものである。本論稿は、最近急増する香港籍船舶に関して、特にシップ・ファイナンサーの立場から実務的考察を行うものである。

香港籍船舶とは

中国返還前、英国政府と中国政府との共同声明により、中国政府は香港返還後も、香港の独立した行政府(“Hong Kong Special Administrative Region”)が香港籍船舶を従来どおり管理することを認めた。この共同声明に基づき、一九九七年に香港返還後も、香港籍船舶は、中国本国籍船舶とは別個のものとして、“ホンコン・チャイナ”として独自の管理が認められることになったのである。
香港籍船舶は、香港返還時は、五〇六隻、六百万総トンにすぎなかったが、二〇〇二年一月には世界第十位、千四百万総トンと急増中である。香港籍船舶を有する船会社としては、コスコ、ワールドワイド、ユーラシアあるいはOOCLなど世界でも名だたる船会社がある。わが国の大手船会社でも香港船籍船舶を所有している船会社があると聞く。当職へも最近香港籍船舶の相談が極端に増えているために本稿をまとめた次第である。
最近では、リース会社あるいは都銀だけでなく、地銀でも積極的に香港籍船舶への船舶融資が行われているようである。
香港籍船舶=中国=融資不可能、という短絡的な発想は過去のものであるといえよう。

金融機関にとってのメリット

国内外の裁判所において船舶抵当権の実行に関与してきた経験上言わせていただけば、英国法圏に属する香港籍船舶の抵当権は、抵当権の実行という点では、パナマなどの船舶抵当権に比べて格段にファイナンサーにとって有利なものであることは間違いない。何より、香港籍船舶の抵当権に関する多くの問題は英国の先例に従って解決されるためファイナンサーにとってもっとも重要な予見可能性という点で比類のないほど優れたものといえよう。
この点の実務上の“安心感”は、捨てがたいといえよう。この点は抵当権の実行をやったことがある人はわかるし、やったことのない人は決してわからない点である。
また、香港籍船舶の抵当権に関して法的問題が発生した場合、香港の弁護士が時差の心配なく法的問題に取り組むことができる点は実務的には大変ありがたいし大いに役に立つものである。たとえば、わが国で抵当権を実行し、香港籍船舶の船舶先取特権に関して問題が配当手続きにおいて発生した場合、香港の弁護士がわが国の裁判所に出頭し意見を述べることも容易にできるのである。香港の弁護士の質の高さも見逃すことはできない点である。
なお、昨年のタジマ(TAJIMA)号事件以来、パナマ船の不便さが不当に強調されている。先日、パナマのある海事弁護士と食事をしていたら、食事の間、最初から最後までタジマ号の長期停泊の問題は、パナマ側の問題ではなくわが国の裁判所における遅延の問題であったことを繰り返し強調していた。パナマの弁護士のこの指摘はおそらく正当であろう。タジマ号事件は、パナマ籍船舶に対するマイナス要素にはなりえない。ただし、船舶の旗国が近隣にあることの実務上のメリットは、タジマ号の問題は別として、実務上は一定の評価をせざるをえない。香港の近隣性は、船主・金融機関にとっての大きなメリットである。
時差がほとんどないことから、クロージングに際しての手間も、金融機関にとっては他の国とは比べ物にならないほど楽である。
なお、中国の政情に対するファイナンサーの潜在的な懸念は少なくないようである。当職は政治評論家ではなく、この点に関する論評を行う資格はないが、船舶の抵当権に関して言えば、中国の政情不安の場合は、他国で抵当権を実行し、競売決定書を所得して、他国でのリフラッキングをすることも決して不可能ではない。香港籍船舶への船舶融資は一般の中国進出企業への融資とはまったく別物と考えるべきである。

船主にとってのメリット

一 税務上のメリット
外航に関するかぎり、香港籍船舶による傭船料・運賃などの収入は、香港の税法上免税となっている。税務上は船舶の重量トンに対する外形課税制度が採用されており、つまり、トン税以外の海運業収益に対する課税が存在しないということである。
二 中国本国における港税の優遇
香港籍船舶に関しても中国船舶として中国本国における港税において優遇措置がとられている。別表1をご覧いただきたい。
三 低廉な登録費用
他の便宜地籍船舶に比べても低廉な登録費用が用意されている。別表2をご覧いただきたい。
四 船員に関するメリット
他の便宜地籍船舶と同様、STCW条約の条件に合致する限り、香港籍船舶へ配乗する船員の国籍に関して制限はない。ただし、後で述べるように、香港籍船舶は、船員費をただ安くするためだけの従来の便宜地籍船舶とは絶対的に異なるという点である。この点で、香港籍船舶に関しては、船員組合の関係で議論されることも多いが、微妙な点も多く、この点の解説は本稿ではあえて割愛させていただく。
五 評判
香港船籍の船舶に対する評価は大きく、PSCによる香港籍船舶の停泊レートは非常に低いものである。

香港籍船舶の登録

香港籍船舶の登録の要件は、(1)船舶が、有資格者(クオリファイド・パーソン、いわゆるQP)により所有もしくは裸傭船されていること、(2)他国で登録されていないこと、および、(3)代表者(リプレゼンタティブ・パーソン、いわゆるRP)が指名されていること、以上である。
QPであるが、法人の場合、香港で設立された法人か、もしくは、他国の法人であるが香港で外国法人として登録された法人(いわゆる支店登録)とされている。個人の場合は、QPは、香港市民となる。 要するに、QPあるいはRPを通じて、香港と船舶との関連が求められているのである。この点も、従来の純粋な便宜地籍船舶と異なる点である。
なお、従来のパナマ法人が香港で支店登録し、香港籍船舶をパナマ籍船舶とともに所有する形態が増えているという。一船一社だと税務上不利益が発生することを防ぐため、すでにパナマ籍船舶を所有する船主香港籍船舶を所有するための窮余の策といえよう。銀行が香港会社への融資を嫌がることも原因のようであう。ただし、支店登録を行うにあたっては、現地で代表者を指名する必要があり、この香港における代表者の指名に関しては、実務上多くの工夫が必要な点である。ファイナンサーにとってもこの点は重要である。
RPは、すでに述べたQPであるかその他の香港法人であることが多いと思う。

香港での会社の設立と運用

香港法人の取得の方法には2つの方法がある。ひとつは、最初から設立する方法である。すっきりした方法であるがコストも時間もかかる難点がありお勧めできない。
もうひとつは、いわゆるシェルフ・カンパニーといって、設立したが活動していない香港法人を会社ごと購入する方法である。シェルフ・カンパニーの取得費用は、香港ドルでコストを入れても1万ドル程度であり、シェルフ・カンパニー取得者は取得後に会社の名称を変えることもできる。香港に行けば、コンピューターで自分の気に入った名称のシェルフ・カンパニーを容易に探すことができ、低価格でしかもすぐに(通常1週間)香港法人を取得することができる実に優れものである。シェルフ・カンパニーのリストを見ながら気に入った会社の名前を探すのも案外楽しいものかもしれない。
香港の会社の役員については香港市民であることは要件ではなく、役員全員が外国人であっても問題はない。
香港の会社は、外部的な規律であるアーティクル・オブ・アソシエーションと内部的な規律であるバイ・ローによって規律される。両者がわが国で言えば定款の役割をしめるわけである。

香港籍船舶の登記

香港籍船舶の本登記に必要な書類は別表3をご覧いただきたい。
香港においても、船舶の仮登記の制度がある。この仮登記の制度はパナマの仮登記の制度を見習ったものであり、内容はほとんど同じである。仮登記の有効期限は原則として1ヶ月とされている。仮登記に必要な書類は別表4のとおりである。ただし、要求される書類は仮登記も本登記もほとんど同じものが要求されており(例えば、ビル・オブ・セール等)、実質的には本登記と同じものを揃える必要があり、パナマ籍における仮登記とは内容的に大分の差があり、実務上は仮登記の意味は、あまり無いといえよう。仮登記をするより、時差がないので、速やかに本登記をすべきと言うのが香港籍船舶の考え方であろう。
なお、パナマ籍船舶をフィリピン法人へ裸傭船してフィリッピンフラッグを船舶が掲げるいわゆるディユアルフラッグが実務上頻繁に行われている。この点も税務目的の傭船であるが、香港籍船舶ではこのようなディユアルフラッグの制度は認められていない。この点は香港籍船舶の不便な点であるが、逆に言えば、香港籍というものが単なる便宜地籍船舶とは一線を画するものである証拠といえよう。

香港籍船舶への抵当権の設定

香港籍船舶への抵当権の設定は、一定の決められたフォーム(RS・M1フォーム)に必要事項を記入して香港の登記局へ登録するだけである。登録は本人でもできる。登録をかねて香港飲茶旅行も良いかもしれない。ただし、余計なおせっかいかもしれないが、香港で酒でも飲もうものならかえって高くつくことは当職が何度も経験ずみである。当職は、香港の弁護士と提携関係を持ち、スケールメリットによりできるだけ安い費用で登録を行ってもらっている。
なお、フォームに記入された事項はごく基本的な事項だけであることから、船主と金融機関は「ディード・オブ・コベナント」という契約書を別個に締結し、細かい事項に関して念のため取り決めしておくことも少なくない。ただし、ディード・オブ・コベナントはあくまでも補助的なものであり、抵当権の登録が一番重要であることは忘れてはならない。とにかく船舶融資をしたら、いち早く登録をすることが鉄則である。
なお、パナマ籍船舶と違う点であるが、香港法では、会社が担保を設定した場合、目的物に対して担保を設定するだけでなく、会社の登記に対しても担保の設定を行った事実を登録しておかないと、会社が倒産した場合に金融機関は担保を他の債権者に対して船舶抵当権を主張できないことがある、という点である。したがって、香港籍船舶に対して船舶抵当権を設定した場合、香港会社の会社登記に対しても船舶抵当権の設定の事実を登記することが必要である。ただし、登記費用は低廉である。
なお、香港では、船舶抵当権に優先する船舶先取特権は、(1)救助報酬、(2)衝突、(3)船員の給料、(4)船長の給料、(5)船長の支出、等限られたものであり、この点でも香港籍船舶の金融機関にとっての有利性が強調されよう。

まとめ

以上のように、香港籍船舶は、従来の便宜地籍船舶とは異なるものであるが、船主にとっても金融機関にとっても大変に魅力的なものであり、近時香港籍船舶が人気急上昇中であることは自然の成り行きである。
しかしながら、香港籍船舶はまだなじみのないものであるため、わが国のある船主が手続きに慣れないことから、会社登録あるいは船舶登録に多額な費用を費やしたという実にばかばかしい話も聞く。
この論稿が、従来の便宜地籍船舶とは全く異なる香港籍船舶の理解に関して少しでもお役に立てば幸いである。


別表1

Types of Ships
Net Tonnage
General Rates
RMB(¥)/NRT
Preferential Rates RMB(¥)/NRT
(Applicable to Hong Kong Registered Ships)
90 Days
30 Days
90 Days
30 Days
Motor Ships

Steamers

Tugs
500トン以下
3.15
1.50
2.25
1.20
501-1500トン
4.65
2.2
3.30
1.65
1501-3000トン
7.05
3.45
4.95
2.55
3001-10000トン
8.10
3.90
5.85
3.00
10001トン以上
9.30
4.65
6.60
3.30


別表2

Cost
Hong
Kong
A国
B国
C国
D国
Initial Fees
2,731
6,722
4,788
6,932
7,596
Annual Fees
11,502
14,332
14,250
16,116
17,372
1-Year Cost
14,233
21,054
19,038
23,048
24,968
3-Year Cost
37,237
49,718
47,538
55,280
59,712
5-Year Cost
60,241
78,382
76,038
87,512
94,456


別表3

  1. Applicable form

  2. Form of Authority for making and signing applications and declarations, where necessary

  3. Declaration of Entitlement to own a ship registered in Hong Kong. (Where a ship has more than one owner, a separate Declaration of Entitlement must be made by each owner).

  4. Title documents, i.e. A Builder's Certificate for a new ship; or a duly executed bill of Sale plus a copy of Certificate of Ownership free of encumbrance where there has been a sale of the ship in favour of the owner; or a Certificate of Ownership free of encumbrance where there has not been a sale of the ship which is not a new ship

  5. Certificate or evidence of deletion from previous registry if it is not a new ship. The evidence can be in any one of the following forms:

    1. a certificate of deletion from the last registry where the ship was registered;
    2. a letter/telex/telefax from the ship's last registry informing the Hong Kong Shipping Registry that it has consented to close the ship and that steps are being taken to effect the closure;
    3. a certified true copy of the application made by the owner or the representative person of the ship to the registry where the ship was last registered to close the registration of the ship.

      NB

      (a)
      Where the certificate(s) of deletion cannot be produced at the time of registration, it/they must be presented to the Registrar within 30 days from date of registration.
      (b)
      If the ship is concurrently registered in more than one register, evidence of deletion from each of the registers is required.

  6. Certificate of Incorporation or Registration Hong Kong of owner or Hong Kong Identity Card of owner, as appropriate. A certified true coy of the company certificate or Hong Kong Identity Card is also accepted.

  7. Original or certified true copy of Certificate of Incorporation and Memorandum of Association of the representative person appointed in relation to the ship, where applicable.

  8. Certificate of Survey (Form SURVEY 59) giving the principle particulars of the ship, international tonnage, etc.

  9. Certificate or Declaration of Marking of ship (Form No. RS/S 1), after the ship has been marked as directed by the Registrar. A marking note completed by the Master of the ship or an authorized surveyor is acceptable.


別表4

  1. Application form
  2. Form of Authority for making and signing application and declaration, where necessary.
  3. Declaration of Entitlement to own a ship registered in Hong Kong. Each owner must make a separate declaration when there is more than one owner to a ship.
  4. A copy of the title document as required for full registration.
  5. A copy of the ship's current International Tonnage Certificate certified by anyone of the following:
    - the issuing authority of that certificate,
    - the shipowner, or
    - the representative person appointed in relation to the ship.
  6. Certificate of Incorporation or Registration in Hong Kong of owner or Hong Kong Identity Card of owner.
  7. Certificate of Incorporation and Memorandum of Association of the representative person appointed in relation to the ship, where applicable.
  8. Certificate or Declaration of Marking of Ship (Form No. RS/S1), after the ship has been marked as directed by the Registrar. A marking note completed by the Master of the ship or an authorized surveyor is acceptable.
  9. Certificate or evidence of deletion from previous registry.



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