JAPANESE MARITIME LAW

弁護士  松井孝之
弁護士 秋葉理恵
海事補佐人 赤地 茂


















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フローティングクレーン用バージ製造販売契約紛議仲裁判断

(第1事件)

 

事件番号:TOMAC-2005006 / TOMAC-2006015

 

 

●●●●●●●●●●●●●

申立人(反対請求被申立人)    I

同代表者代表取締役          ●●●●

同代理人弁護士              ●●●●

                          ●●●●

                          ●●●●

 

●●●●●●●●●●●●●

被申立人(反対請求申立人)    T

同管財人弁護士              ●●●●

 

上記当事者間におけるフローティングクレーン用バージ製造販売契約に関する紛議につき、社団法人日本海運集会所仲裁規則により選任された下名仲裁人は、  I  が申立てた仲裁(本請求)と  T  (仲裁手続係属中に更生会社となった)が申立てた仲裁(反対請求)を併合審理し、次のとおり判断する。

1部は「本請求についての判断」、第2部は「反対請求についての判断」である。

 

以下、申立人(反対請求被申立人)  I  を「I」と略称し、被申立人(反対請求申立人)  T  を「T」と略称する。

 

 

1部

 

 

本請求についての判断

 

(事件番号:TOMAC-2005006)

 

主文

 

1.  T  は  I  に対し金28,923,661円を支払え。

2.  T  は  I  に対し、本仲裁判断の翌日から完済に至るまで、金28,923,661円に対する年6分の割合による金員を支払え。

3.  I  のその余の請求を棄却する。

4.  仲裁費用は金4,792,725円(含消費税)とし、  I  は金2,824,500円(含消費税)、T  は金1,968,225円(含消費税)をそれぞれ負担せよ。

これらの負担につき、各自の受理料及び納付金を負担に充当する。また代理人弁護士の費用、その他仲裁手続につき  I  及び  T  に生じた費用は、各自の負担とする。

請求と答弁

請求の趣旨

[I]

1.        T  は、  I  に対し、金665,096,675円及びこれに対する仲裁申立書送達日の翌日から完済されるまで年6分の割合による金員を支払え

2.  仲裁費用は、T  の負担とする

3.    I  の弁護士費用その他の手続費用は、  T  の負担とする

との仲裁判断を求める。

 

答弁

[T]

1.    I  の請求を棄却する

2.  仲裁費用は、I  の負担とする

との仲裁判断を求める。

 

仲裁申立の経緯及び争点

 

1 仲裁申立の経緯

  I  は、  K  (以下、  K  )から3,000トンフローティングクレ一ン用バージを同社に販売する注文を受けた。

  I  は、この注文を受けて、平成15年12月9日に、  T  との間で、"CONTRACTFOR CONSTRUCTION AND SALE OF A BARGE FOR A 3,000TON FLOATINGCRANE HULL NO.6001"と題して契約を締結した(以下、本件契約)。この契約は、上記のフローティングクレーン用バージのうち、バージの部分(以下、本件バージ)を  T  が建造し、艤装を施して完成させたうえで、これを  I  に販売することを内容とする契約で、発注金額を金915,000,000円とし、納期を平成16年9月30日、とする契約で、すべて英文によって作成されている。この契約の成立を前提として、  T  は、  W  (●●●●●●●●●●●●●●●●)(以下、  W  )を経由して、本件バージの建造、艤装及び完成を中国にある  J   (●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●), ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)(以下、  J  )に再下請けさせて行うことが本件契約のなかで合意されている。

  J  構内において本件バージの建造が開始されたが、工事の工程が遅延し、契約上の納期である平成16年9月30日にバージを完成させることが不可能であることが明かになった。平成16年6月15日に開かれた  I  、  T  、  K  、  W  及び  J  の五社会合の結果を受けて、  I  は  T  に対して納期を平成16年10月18日まで延長することを了承した。工事の工程が遅延した責めがいずれの側にあるのかについては、当事者間に争いがある。

その後、  I  、  T  及び  W  は平成16年10月18日までに工事の完成は不可能と判断し、本件バージを  K  のヤードに移し、そこで  T  が残工事を完成させることで合意した。

  I  と  T  の問で、平成16年11月23目付、PROTOCOL OF DEUVERY AND ACCEPTANCE(以下、プロトコル)が交換されている。この書面には、本件バージの引渡し、受取り及び残工事を  T  が行うこと等が記載されていて、  I  と  T  双方の担当者による署名がある、また、同じ日付で、  I  と  T  に加えて  W  三社の間の合意を記載した「  K  向け3,000トンフローティングクレーンのバージ引渡について」(以下、覚書)と題する書面があり、この書面にも三社の担当者の署名がある。この覚書には、残工事はバージが  K  (韓国プサン市〉岸壁に移動された後も  W  が継続して施工し、竣工する旨の記載がある。本件プロトコルには、  T  shallcomplete the outstanding work within the schedule agreed between   I   and   T  ,...の記載があり、覚書の残工事の項には、工事日程については  I  のクレーン工事に配慮の上、  I    T    W  協議の上決定するものとする、との記載がある。プロトコル及び覚書については、仲裁申立書(請求の原因2)のなかに言及がない。しかし、仲裁申立書が提出された以後において、当事者問の重要な争点となっている。

本件バージは  I  が傭船した曳船に曳航されて韓国釜山にある  K  の岸壁に到着した。本件バージは  K  の岸壁で残工事の竣工に向けた工事が開始された。

  I  は平成16年12月20日までに残工事を終了させることを口頭で確約したと主張する。残工事の範囲について、当事者間で話し合いが成立しなかったために、  T  は自らが残工事と主張する工事につき、  I  はその他の工事につき、それぞれが施工する状態が、  W  が工事現場を離れるまで続いた。  I  は、  W  が平成17年2月7日に本件工事の作業員を引き上げ、事実上の撤退をしてしまったので、  I  が平成17年3月15日に釜山を引き上げるまで残工事を  T  に代わっで実施せざるを得なかったと主張する。ただ、  T  は残工事を完成して撤退したと主張し、引き上げの理由について、当事者間に見解の相違があり、重要な争点の一つとなっている。

本件仲裁申立が提起された後、  T  は併合申立書(平成17年12月26日)により、本件(第1事件)と  T  が  W  を相手とした仲裁申立(第2事件)の手続きを併合するように求めた。  T  は、第1事件と第2事件は同じバージの製造に関する紛争で、事実上及び法律上の争点を共通にすることを理由とし、社団法人日本海運集会所の仲裁規則第27条を仲裁手続上の根拠とした。同仲裁規則では、仲裁併合の要件として、いずれかの当事者が特に反対しないことを規定している(第27条(1))。本件の場合に、  I  が併合に反対した(併合申立に対する主張書面(平成18年1月26日))結果、第1及び第2の両事件の手続きを同時併行して行う(同条(2))ことを、同集会所海事仲裁委員会が決定し、本件は第1事件として審理されることとなった。

 

2 本件の争点と当事者の主張

1.      争いの基本と当事者の主張

(  I  の主張)

  I  は、  T  が本件契約に基づき納期までに本件バ一ジを完成させて  I  に引き渡す義務を負っていたが、この義務を履行することができなかった、と主張する。債務不履行にっき、  I  は、  T  の工事における品質不良、工事の遅延及び工事未完成のまま工事から撤退した事実を挙げる。

(  T  の主張)

  T  は、上記の  I  の主張のいずれについても違反がなかったことを主張する。工事は契約が要求する品質基準を満たしていた、  I  は品質基準を超える過剰な要求をした。工事遅延は、  I  が  K  をコントロールできず、その過剰な要求を  T  に押しつけたため発生した。遅延の原因は  I  にある。

中国における工事に関する  I  の請求は、本件バージの引渡しにより消滅した。残工事は本件契約とは別個の契約による工事である。  W  は、同社の残工事リストに従って残工事を完成させた。

以上の議論を総合的にみると、  I  と  T  との間には、本件建造契約をめぐる考えに根本的な違いがあることが浮き彫りにされている。  I  は、  T  が釜山を撤退するまでを本件建造契約の履行過程としてとらえているのに対して、  T  はプロトコルの作成、署名により本件建造契約は終了するという立場に立つ。  T  によれば残工事は本件建造契約とは別の契約による工事であると理解していることになる。以上から、本件における主要な争点を3点に分けることができる。第1は、本件建造契約が韓国釜山における残工事まで及ぶのか否か。第2に、本件プロトコルの作成、交換をどのように解釈すべきか。第3に、残工事の意味及び範囲、また、それとの関連で、  T  は残工事を完成したか否か。

 

2.      本件契約と残工事の関係についての争点・主張

(  I  の主張)

韓国における残工事の終了まで本契約は何ら終了することなく存続することを前提としている。本件プロトコルの締結及び本件バージを  I  が引き取ったことはいずれも、残工事を  T  が韓国で施工し本件バージを完成させるためであり、韓国における残工事の完成まで本件契約は何ら終了することなく存続したものである。

(  T  の主張)

  W  の義務は、定められた納期までに、本件バージを完成させて引き渡すことであるが、本件バージは、2004年11月23日に  W  から  T  に、  T  から  I  に引き渡されており、残工事を除きバージ完成義務を果たしたことは明らかである。残工事は本件契約に関係するが覚書に基づいて行われた本件契約とは別個の工事である。  T  の主張を総合して、  T  は、本件契約は請負契約であるから、本件契約は本件バージの引渡しによって終了したと主張しているものと解される。

 

3. PROTOCOL OF DELIVERY AND ACCEPTANCE(丙第9号証)の効力に関する争点・主張

(  I  の主張)

  J  が本件バージを他に転売するおそれがあった。また、  W  から残金の支払いを強要された。これに応ずるためには、社内的にも資金支払いの決済を得るためにも本バージの所有権と占有の移転を受ける旨の証拠が必要となり、本プロトコルの発行に応じた。

本件では、本来本件契約第7条所定のtest and trialが全く実施されなかったので、本件契約が当初想定していたプロトコル締結の法的効果の発生のための前提を欠くものであった。プロトコルの一般論を前提とする  T  の主張は根拠を欠き本件に当てはまらない。本件プロトコルが成立したからといって  T  に損害賠償や立替金の請求は何ら妨げられない。

後に、争点整理の書面に対する回答書(以下、  I  回答書)のなかで、  I  は以下のように回答した。この書面が本件バージの所有権・占有の  I  への移転に必要な"Delively"という効果を明示する文書としては当然有効である。また、本件プロトコルによって"Dehvely"を受けたことにより、本件契約第VIII条第4項及び第5項により、所有権と占有を  I  が取得したものである。

(  T  の主張〉

本件プロトコルの作成による完成前の引渡は、取引上の信用を重視する  I  の主導で行われた。本件プロトコルは、本件契約第VIII条第2項が規定する有効でかつ重要な文書である。

  I  はtest and trialが実施されなかったからプロトコルはなんらの法的効果も有しないと主張するが、  I  は自ら列挙した諸テストが行われていないことを認識しながら本件バージの引渡しを受けることについて合意した以上、テストを実施しなければ発見できない欠陥は別として、引渡までに認識できた欠陥についてはすべて通知すべきであった。また、  I  が工事不良と主張している箇所は、いずれもtest and trialとは何の関係もない。

(  I  の反論)

Test and trialについては本件契約書に明文の規定があり、仕様書にもtestsの定めがある。  T  の主張(test and trialとは何の関係もない箇所を不良と  I  が主張している)は事実に反する。

 

4.  残工事(outstanding work)についての争点・主張

(1)残工事の意味

(  I  の主張)

プロトコルの文面中に「  T  は  I  と合意したスケジュールに従って未完成の工事を完成させること」を条件とことさらに明記し、  T  もこれに同意したものである。本プロトコルに明示するとおり、  T  が残工事を完成させる義務のあることを確認し、かつ三社間の覚書で本件バージを釜山に移動し、そこで  W  が残工事を完了する旨確認したのであった。

残工事とは、本件バージの未完成部分と施工不良部分のほか、中国において請負人として履行すべき債務の履行、韓国で  T  が請負人として本件バージ完成に必要な債務の履行のうち、不履行又は施工不良のものを意味する。

  W  は、平成17年2月7日に本件工事の作業員を引き上げ、実質上の撤退をしてしまったので、  I  は  W  が本件契約に基づいてなすべき残工事を代行することとなった。  I  は釜山を引き上げるまで、本件契約に基づく残工事のうち  T  の要請による工事及び  T  が完成させることができなかった工事及び不良工事部分を  T  に代行して実施した。

(  T  の主張)

残工事につき、  T  は「いわゆる残工事」(答弁書第2・3)と言う。  I  は、プロトコルに残工事の完成義務を明示しているとも主張しているが、プロトコルでは具体的な残工事の内容は全く特定されていない。残工事の合意における残工事の範囲は、法律的に直接強綱するに十分なほど確定しておらず、契約の要素の定まらない契約にすぎず、履行の強制や損害賠償の請求は不可能な状況である。

  T  側で施工すべき残工事の範囲を3社で互いに確認することを条件に、  T  は平成16年11月23日、本件バージを  I  へ引き渡したが、残工事の範囲については覚書作成時から仲裁に至るまで明らかではない。

  I  は「大量の残工事を残して本バージは中国で引き渡された」と主張するが、この点も事実に反する。韓国船級協会(The Korean Register of Shipping)(以下、KR)は、大量の残工事を残して中国から韓国まで回航許可を出すはずがない。

 

(2)残工事の範囲

(  I  の主張)

残工事(その意味は上記)の範囲は、甲第18号証の1乃至3、甲第19号証の1乃至3、甲第20号証の1乃至4、甲第21号証の1乃至4で詳細に立証している。甲第17号証の2では残工事費用の内容が甲第16号証の各書証を引用しながら詳細に説明されている。

平成16年12月当時残工事の範囲につき  I  、  T  間で必ずしも意見の一致はなかった。しかし、請負工事の目的物は発注者が希望するものとすべきで、その意味で範囲の変更は発注者の専権であるので、発注者の指示があれば請負人はこれに従うべきである。

もし当初の仕事の範囲を超えることになるならば、これは追加工事となる(  I  回答書5頁)。

本件プロトコルのなかで  T  が残工事を完了させる義務あることを確認した。この条項の中には「残工事の範囲の確認」の意は含まれていない。本件プロトコルには以下の記載がある。”  T   shall complete the outstaning work within the schedule agreed between   I   and   T  ,…"この文における"the schedule"の意味は「工事日程」の意味である。

(  T  の主張)

残工事の範囲を決める根拠は覚書にある。  I  、  T  及び  W  の3社で互いに残工事と確認した範囲の工事が残工事の範囲である。仕事の範囲と内容が決まらなければ目程も立てられない。

  I  は  W  が提示した残工事リストに黙示の承諾を与えたというべきである。  W  としては、「残工事」は  W  の残工事リストに従って、韓国で  W  が完成させたという理解である。ただし、  W  の残工事リストの内容は抽象的なもので、残工事の範囲及び内容は当事者が合意して細かく決めるより他はないと言うのが造船実務である。

下請法の精神から、元請業者として、残工事の範囲を確定して証明する義務があったと思われる。残工事の範囲に関して当初から対立のあった状況下では、  I  は紛争防止の処置をとるべきであった。また、残工事の範囲を3社で確認する作業を正当な理由なく  I  が拒否したのは  I  の重大な契約違反である。

KRが曳航を許可したことから、残工事の範囲は極めて僅かであったことが容易に理解できる。

(  I  の反論)

KRの曳航許可は本件バージが中国で完成したことをKRが認めたものではない。釜山での残工事につき曳航許可を出したKRが各種の検査をしたことは甲第29号証の1及び2で明らかである。

(  T  の反論)

甲第29号証の1及び2は、KRが作成した文書ではなく  K  が作成した文書である。

 

(3)残工事の立証

(  I  の主張)

残工事の範囲は、詳細に立証している。甲第15号証の末尾にKRの承認状況のリストがあり、未承認部分が残工事であることは明らかで、乙は争っていない。

残工事の範囲につき当事者間で確認(合意)しえなかったとしても、  T  が残工事の完成義務を履行しなければならない事実は微動もしない。残工事の確認合意ができなければ、仲裁又は裁判所が本件契約、仕様書等々を総合的に考慮して残工事の範囲を確定すべきものである。

  T  は、乙第18号証により残工事の範囲、その費用の程度や範囲そしてその妥当性について明らかにすることは不可能と主張している。  I  は本来  T  が行うべき諸工事を代わって行わざるを得なかったこと、そのために多額の費用を要したことを具体的に立証してきている。  I  の請求項目については、  T  も  W  もその内容は理解して反論している。海事査定人の見解の介入する余地はない。むしろ本件では仲裁人による損害の)認定の聞題である。海事査定人の査定意見はあくまでも参考となるにすぎない。  T  提出の鑑定書のなかで、特に甲第21号証3及び4について、判定不可とか算定不可といっているが、同証は海事査定人の査定を予定して作成したものでなく、  T  や  W  に理解しうるよう作成したもので、残工事の範囲はこれで充分認定しうる。「損害額内訳明細書」につき「判定不能」の理由が著しく粗雑であり、コメントの多くに問題がある。鑑定人の意見ははなはだ杜撰であり、意見は理由を欠き不適切なものである。

(  T  の主張)

  I  は、残工事の範囲やその工事の妥当性を証明する責任がある。  I  は、  I  が主張する残工事の具体的な内容・範囲に関して残工事が必要であったその具体的・技術的な理由、それらを裏付ける専門の第三者の「客観的な証拠」を提出すべきであり、甲第16号証は残工事の範囲やその工事の妥当性を証明するには程遠いものである。

  I  は、残工事の範囲などは甲第18号証その他で詳細に立証していると断言しているが、残工事の範囲とその費用の程度や範囲そしてその妥当性に関して全く証明していない。  I  は、まず本契約により定められた本件バージのスペックを明示し、  J  又は  W  の工事の何処がどのスペックを満たしていないか、具体的に立証する責任がある。

日本海事検定協会(NKKK)の鑑定書によると、本仲裁で提出された書類では、残工事の範囲とその費用の程度や範囲そしてその妥当性に関して明らかにすることは不可能であることが技術鑑定されている。甲第18号証の鑑定人は、(財)日本海事検定協会の経験ある(造船出身の)シニアー・サーベイヤーであり、海運実務あるいは造船実務に基づき、全ての証拠を精読して客観的に見解を出している。

工事関係者が見ることを前提として作成した甲第21号証の3及び4を証拠として提出して仲裁人の判断を求めるのであれば、仲裁人にも分かるように説明しなければならない。そのような説明がなければ、仲裁人は判断することはできないし、  T  や  W  としても反論の余地がない。甲第21号証は不完全でその内容も事実に反する。残工事に関する見解が関係者で分かれて確定できなかったのが真実である。

 

5.  費用・損害に関する争点・主張

(1)  J  での工程・品質対応費用に関する争点・主張

(  I  の主張)

  T  が本件契約に基づき本来なすべき義務を履行しなかったことにより生じた費用である。

(  T  の主張)

  T  は多様な主張をしているが、整理すると以下のようになる。

@                  I  は本件バージの引渡を受ける際に遅滞なく瑕疵の存在につき異議を述べていないので、瑕疵の補修請求権又は損害賠償講求権を放棄したものと解すべきである。  I  は異議や留保をとどめずに、本件バージの引渡しを受け、プロトコルに署名した。さらに、補修請求権、損害賠償請求権を行使することなしに建造契約の残代金を支払った。中国での工事に関する問題について、すべて解決済みである。また、本件契約第VII4(a)(b)が規定する書面の通知がないので、品質を認めたものと看倣される。

A                本プロトコルが記名された後は,新たに船舶の引渡遅延や遅延損害が発生することは論理矛盾である。本件バージの引渡により費用関係は全て精算されたとするのが関係者の理解である。請負契約である建造契約において、建造中の債務不履行を観念することは不可能である。中国での引渡までの費用につき  I  が当時請求の意思を持っていたならば、これらの費用についても、残工事の揚合と同様に、担保のための手形を当然要求していたはずである。

B                本件プロトコルは、  T  が本件プロトコルにより引渡しを行い、残工事を完成させれば一切を水に流すという趣旨で作成された。覚書の作成により同書に記載されていない限りは、後に損害賠償等を請求しない旨の一種の和解が成立した。

C                  I  はどの工事が契約上のいかなる品質を満たしていないのかを具体的に主張していないから、この点についての釈明を求める。

(  I  の反論)

  J  がストライキ等により工事を長期間中断したこと及び新船台建造を遅延したことが、納期遅延の重大な要因であり、  T  の工程管理のずさんさや不適切さが遅延の主原因である。プロトコルの文面上、  T  の残工事完成義務が明示されているので、「何らの留保もとどめず」という主張は明らかに誤りである。  T  は乙第1号証を引用して支払い義務はないと主張するが、同証は  W  の追加請求は理由がないことを指摘したもので、  T  が主張する趣旨ではない。また、同証のなかで、「  J  追加払い請求」と「弊社請求費用」の解決を求める提案を  I  はしているので、費用の請求をする意思を明示している。

 

(2)  J  での工事に関する個別的な争点・主張

(i)  W  支給品の代替輸送費

(  I  の主張)

  T  は  I  に対し支給品の代替輸送を依頼したこ諸費用の合計は、金531,440円である。  W  が釜山に輸送すべきものを  I  がこれに代わって輸送した以上当然  T  が清算すべきものである。

(  T  の主張)

代替輸送を依頼したことは事実であるが、過去の実績からして33万円ほどが相当である。  I  が無留保で本件バージを受け取ったので、それまでの権利関係は清算された。

 

(ii)部品購入費

(  I  の主張)

中国や韓国での工事中に破損等の部品で、  T  の依頼により  I  が調達し、立替払いした。金額は、金7,643,154円である。甲第17号証で明らかなとおり、  T  から依頼されたものである。

(  T  の主張)

これらの品はいずれも元来  I  の支給品で、  T  が費用を負担する理由はない。

 

(iii)追加派遣SV費

(  I  の主張)

  T  に管理を任せておくと  K  に納品ができなくなることが明白であったため  I  がSVを追加派遣して、工事の立て直しを図った。費用は、金51,195,421円である。請求分は  T  の不履行に対応しているものに限定している。費用の必要性、妥当性は証拠により明らかである。

(  T  の主張)

SVの費用は各自が負担することが海運界のルールであり、本件契約第V条でも買主負担と規定されている。  W  が請負ったのとは関係がないSV費用も含まれている。追加SVとして名前が挙がっている各SVの役割、各SVの派遣出張費の算定根拠につき釈明を求める。

 

(iv)  I  支給品倉庫仮置き費用

(  I  の主張)

再三の催告にもかかわらず、  T  等は支給品を受領し、保管しておく倉庫を用意しなかったために、  I  が同品を仮保管せざるを得なくなった。  I  は、金7,793,621円の出費を余儀なくされたため同額の損害を被った。工程の遅れは  T  の責任範囲である以上、  I  が当初から調達していた資材等の保管費用は当然  T  が負担すべきである。

(  T  の主張)

  I  が工期に遅れがあることを知りながら当初の工期に従って機械的に  J  に送りつけてきために  I  は自ら手配した倉庫で仮保管することになった。  T  が保管倉庫を準備しておかなければならない法律上の根拠について釈明を求める。

 

(v)曳航タグのキャンセル費用

(  I  の主張)

本件バージは平成16年10月18日に完成・引渡の予定であったが、同日までに完成せず、その後も、  T  はたびたび出航予定旧を変更したので、  I  はやむなく予約していた曳航用のタグボートをキャンセルするに至った。この費用は  T  がタグの出港日をずるずると延期せずに、明確に出港日を特定しておけば生じなかった費用で、  T  の責めに帰すべき損害である。損害額は、金8,506,933円である。

(  T  の主張)

納期の遅れは履行遅滞の問題であり、(iii)、(iv)、(v)の費用は損害賠償の予定により処理されるべきである。2004年11月22日までの工事遅延については遅延条項を適用しないという確約がある。タグを予約した日時、キャンセルした日時、理由及びキャンセル料の算定の根拠について釈明を求める。

 

(vi)バックステイ運搬用バージの追加費用

(  I  の主張)

  I  がSPMPに依頼して製作し、完成したバックステイを  J  に引き渡し、パージに搭載予定のところ、  T  等は引取りを拒んだ。そのため、SPMPはバックステイを乗せた輸送用バージを滞船しておかなければならなかった。  I  はSPMPからバージの滞船料分の費用を請求され、これを支払った。損害額は、金30,410,820円である。搭載ができなかった理由は、  T  側の理由で進水が遅れたために大型台船に継続保管せざるを得なかった。

(  T  の主張)

  J  がバックステイを搭載できなかったのは南通海事局の許可が下りなかっただけである。  T  が引取を拒んだという  I  の主張は全く事実に反する。バックステイの搭載は  I  の所掌範囲であるから、  J  において搭載が可能かどうかの調査は  I  が行うべきである。調査の懈怠による損害は  I  が負担すべきである。

 

(2)韓国での残工事費用に関する個別的な争点・主張

(i)バージ用現地塗料購入費

(  I  の主張)

  J  においてなされた、バージ、バラストタンクなど重要部分の塗装施工に著しい不良があり、不良を補修するため塗料費の支出をした。  I  の請求金額は、金5,319,449円である。

(  T  の主張)

  I  の請求はデッキ、外板等の塗料のようであるが、塗装は中国で完了していて残工事ではない。重要部分の著しい不良とは何か釈明を求める。

(  I  の反論)

塗装工事は、全てやりなおしたのではないが、ほぼ全ブロックにわたるもので、従って、そのために要した塗料代は当然  T  が負担すべきものである。

 

(ii)残工事SV費

(  I  の主張)

  T  は必要な残工事ができず、最終的には撤退し、これに対しても  T  は有効な対策がとれなかったため  I  が現地業者を使って残工事を行った。  I  がSVを派遣して工事の管理を行った。  T  が残工事を行わないで撤退したので、その代わりに必要なSVを派遣せざるを得なかった。  I  の請求金額は、金96,012,448円である。

(  T  の主張)

SVの大半は  I  の所管の工事等のためであり、船体建造関係者は特段増えていない。各SVの役割、派遣出張費の算定根拠につき釈明を求める。

 

(iii)残工事の外注費

(  I  の主張)

  W  は残工事を完成させずに撤退し、  T  が有効な対策をとれなかったので、  I  が現地の業者に依頼し、KRおよびCQSQの基準を満たしたものに完成させた。  I  の請求金額は、金218,333,939円である。

船殻工事費(甲第2主張書面別紙(2)ウN0.1乃至9(NO.3を除く))は、  T  の担当工事である。ピンブラケット工事費(別紙(2)ウNO.3)は、  W  の担当工事であったが、結果的に、  T  、  W  は工事を実行せず、  I  が工事を代行した費用である。請求額は、  I  が負担することを認めた200万円を差し引いた金額である。機械加工・芯出し・配管費用は、  T  の取付けなどの施工不良によるやり直し工事費である。塗装費用は、塗装工事の労務費である。清掃費用は、完成のための清掃で  T  の負担である。配管費用についての  T  の主張はいずれも理由を欠く、支出金額は妥当である。足場費用は、中国での未完成部分の工事のため、当然  T  の負担である。艤装・電気費用は、  T  の負担とすべき工事費である。非破壊検査費用については、中国で行ったとされる検査の証拠を要求したが入手出来なかったために行った検査の費用で、当然  T  の負担である。立替払いは、いずれも  W  の所掌工事の費用で、  I  が立替払いせざるを得なかった費用である。ムアリング費用は、  T  手配の甲板機械が立ち上がらなかったために、操舵室で集中運転ができなかったことによる費用及び  W  のSVの能力不足により生じた手直し費用である。内装、ドア費用は、  W  がすべき補修工事を代行したものである。電気につき、  I  請求額は妥当である。

(  T  の主張)

工事は、やり直し工事、不必要な工事その他の理由により、残工事であることを否認する。但し、船殻工事で  W  が150万円負担する合意が  T  との間にある。賄い室配管工事は  W  が  I  に引取りを依頼した。50万円程度が相当である。艤装・電気は一部残工事で、金額は100万円程度である。立替払のうち  W  が委託して行ったテスト実施のための配管設置工事費用は、金額は3万5千円程度が相当である。電気工事は、  I  に委託した工事であることを認める。ただし、21万円程度で十分に施工できる。

  J  でのKR不合格部分、未受検部分、CSQSを満たさない部分とは具体的にどこか、  T  が清掃義務を定めた契約書又は仕様書があるのか、釈明を求める。

 

(iv)  K  の施設使用料・人件費

(  I  の主張)

  T  の工程遅延、不良工事等により当初の予定以上の長期間  K  の施設等を利用させてもらった。  I  の請求金額は、金29,442,568円である。  J  で完成していれば不要な費用であり、釜山で工事をやる以上は  T  の負担である。

(  T  の主張)

このような費用を債務不履行などと主張して請求すること自体失当である。  T  が約束したのは残工事を行うことであり、このような費用の負担を約束したことはない。施設使用料算定根拠、  I  の並行工事の使用料分を差し引いているのか、その他について釈明を求める。

 

(v)バージ不具合による据付等に生じた追加費用

(  I  の主張)

  T  は完成の約束日を守れなかった。残工事を履行しないで撤退したためにクレーン部の据付・荷重テストに遅れを生じた。遅れを挽回するため生じた予定外の費用で、請求金額は、金51,579,912円である。

(  T  の主張)

(iv)に記した理由と同様で、問題外と考える。

 

(vi)制御板損傷費

(  I  の主張)

油圧管の瑕疵(液漏れ)に起因する制御板の損傷による損害で、請求金額は、金1,618,650円である。

(  T  の主張)

制御盤損傷につき  W  に責任があることを認めるが、300万円ぐらいが適正額である。

 

(3)  K  からの損害賠償請求分に関する個別的な争点・主張

(i)バージ品質低下による請負代金額減額分

(  I  の主張)

本件バージは釜山における不具合の修正工事では対応できない箇所があり、  I  はこのような状態のまま  K  に引き渡さざるを得なかった。  I  は請負代金の減額を受け入れることを余儀なくされ、金28,204,340円の損害を被った。

  K  からの損害賠償請求分全般につき、申立書及び第2主張書面に詳細に説明してあるし、証拠により立証している。

(  T  の主張)

(3)(ii)、(iii)の請求を含めて、  T  は  K  との契約や示談書など立証書類の提出を1年近く前から何度も求めてきたが、  I  は全く証拠を提出していない。  K  からの損害賠償請求については棄却されるべきである。  I  の請求はマーケットクレームである。

  J  での  J  での請負代金減額分として支払った金額の算定根拠、裁判または仲裁を経た上で受け入れる判断に至ったのか、  K  との交渉経過につき、釈明を求める。

 

(ii)残工事免除のための解決金

(  I  の主張)

上記(i)以外の部分についても仕様書の条件を満たしていない旨の指摘を  K  より受けたが、対応費用が膨らむおそれがあったので、残工事免除のための解決金を支払うことを余儀なくされ、金10,231,980円の損害を被った。これは、  T  が本件契約どおりの施行をしなかったことにより生じた損害である。

(  T  の主張)

  K  から指摘された場所とはいかなる場所で、いかなる条件を満たしていないのか。引渡後に工事を行った場合に、対応費用はいくらぐらいの費用と見込まれたのか。釈明を求める。

 

(iii)引渡し遅延損害金

(  I  の主張)

  T  の残工事の遅延及び不履行のままの撤退により、本件フローテイングクレーンを  K  に引き渡す時期が遅延した。これにより、  I  は  K  に対して遅延損害金として、金29,568,000円を支払い、また、金88,704,000円を  K  との今後の取引において精算することを余儀なくされ、計、金118,272,000円を遅延損害金として負担せざるを得なかった。遅延は  T  の上記債務不履行により生じたもので、  T  が負損すべき損害である。

(  T  の主張)

  K  への当初の納期、実際に納入した目時、遅延損害金が本請求の金額である根拠、「  K  との今後の取引において精算する」ということの意味、これらにつき釈明を求める。請負代金減額、残工事免除のための解決金及び引渡し遅延損害金を支払った交渉過程を記載した全ての文書の提出を求める。

  I  が  K  に多額の損害賠償及び代金減額を行ったのは、大型起重機船を海外への拡販の足がかりとなる重要なプロジェクトであったためで、ビジネス上の配慮によるものであるから、法的に理由があるものではない。

 

理由

 

1 債務不履行についての理論構成

本件契約において、  T  が本件バージを建造し、契約通りに完成したバージを  I  に譲渡しかつ引き渡すこと、  I  は本件バージを  T  から買い受け、引渡しを受け、代金の支払いをすることが合意されていた(甲第1号証)。  I    T  間の合意は、  I  が、注文主である  K  のために同社が  I  に求めたとおりのバージを完成させ、これを同社に譲渡し、その占有を移転するためになされたものである。それゆえに、本件契約における  T  の義務のなかで、  T  が仕様書の要求を満たしたバージを契約期限までに完成させる義務、完成させたバージを  I  に譲渡する義務、及びその占有を  I  に移転する義務、これらの三つの義務が最も重要な義務となっていたということができる。  T  がこの三義務を履行して引渡しが完了すれば契約は目的を達成して終了することとされていた。

  J  における建造工事の過程において、  I  は未完成の状態で本件バージを  J  から引き取り、釜山で工事を行うことが良策との判断に変わり、  T  、  W  との判断とも一致した結果(甲第15号証4頁〉、  W  と  T  及び  I  は、それぞれ本件バージの引渡・受領書(丙第9号証、以下、プロトコルと表示)に署名し、  I  、  T  及び  W  は覚書(丙第10号証)を作成した経緯が認められる。プロトコルと覚書を合わせて判断すると、引渡・受領の前(プロトコル作成前)に未完成のバージを未完成のままで、いわゆる"as is" basisで  T  から  I  に譲渡して引き渡すことにつき、残工事の処理につき、二つの合意が成立していて、その結果としてプロトコルが作成・交換され、覚書が作成されたたと解することができる。本件契約につき、  I  及び  T  の間で、「完成したバージ」の譲渡・引渡から「未完成の状態でのバージ」の譲渡・引渡に本件契約は変更された。残工事につき、  T  が残工事の完成義務を負い、工事の施工及び完成については、  W  が継続して行うことが合意されていて、プロトコル及び覚書は二つの合意を明文で表現している。

変更された本件契約に従って、本件バージは  T  から  I  に譲渡されかつ占有移転が行われた。プロトコルの冒頭には、"in accordance with the provisions of the Shipbuilding Contract dated 9th December 2003, as amended”の記載があり、本件バージはまさに「変更された本件契約」に従って引渡しがが行われたことになる。変更された契約はその目的を達成して終了したと解さなければならない。

本件契約において、第VIII条は契約の最終手続きを規定している。本件契約第VIII条が定めるプロトコルの交換により本件バージの所有権及び占有の移転は効力を発生し、契約は目的を達成して終了する。本件契約にしたがって本件バージの所有権と占有が移転した効力を認めるためには、本件契約第糎条が規定するプロトコルを交換することが必要である。当初、  I  の主張は明確性を欠いていたが、結局、  I  回答書(4頁)のなかで、プロトコルが本件バージの所有権・占有移転に必要な"Delivery"と言う効果を明示する文書として有効なこと及び所有権と占有移転の根拠は第V条であることを認めている。以上、当事者の合意によって変更された本件契約は、契約の最終手続きを経て、中国において終了したと解さなければならないのである。変更された本件契約が釜山における工事の終了まで継続することはない。

本件で作成されたプロトコルは、船舶売買の実務からみると異例な内容(残工事義務、責任に関する約定を含む)を持つものであるが、引渡に際しての当事者の合意内容を条項として書き込むことは妨げられないと解されるので、書き込まれた当事者の合意はその内容に従って効力を持つ。残工事完成義務は、プロトコル作成前になされた三社間における話し合いの結果が同書面及び覚書に明文化されたもので、  T  の残工事完成義務は、プロトコル及び覚書に明文上の根拠を持ち、終了した本件契約とは別個の契約による  T  の義務と解さなければならない。

ただ、残工事の完成義務は、変更された契約に根拠を持つプロトコルのなかに書かれていることからしても、変更後の本件契約と密接に関連した義務であることは認めなければならない。残工事に関する合意は、契約の変更によって達成することができなくなった当初の契約目的(本件バージの完成)を補足達成させる目的を持っものと考えられる。ただ、残工事に関する  I    T  の合意は内容が詳細に及んでいるわけではないので、残工事に関する争点について、本件契約の規定を準用ないしは類推することが必要となる場合があると考えられる。

 

2   I  が主張する中国における  T  の債務不履行

1.      プロトコルの交換と中国における  T  の債務不履行との関係

上記第1における結論は、本件契約がプロトコルの交換により終了すると主張する  T  の見解を支持することとなった。この結果、本件バージの建造工事は契約的にも中国における工事と韓国釜山における工事に分けられることになる。

中国  J  における工事について、  I  は、請求する費用は  T  が本来なすべき義務を履行しなかったことによる費用であると主張し、計金106,081,389円の損害を受けたと主張する。

以下2.において  I  が請求する諸費用は、  T  の委託により生じた費用(代替輸送費)、立替費用(部晶購入費)並びにバックステイ運搬用バージの追加費用及びその他の債務不履行による費用から成る。その他の費用について、  I  は、  J  での工程・品質対応費用として  T  の債務不履行を主張するのに対して、  T  は、工事の遅延による費用であると主張している。追加SV費につき  I  は納期に納品できなくなることが明白になったので、SVを派遣して工事の立て直しを図ったと主張し、甲第17号証では工程遅延をSV派遣の理由としている。予約タグのキャンセル費用は  I  及び  T  の主張に従い、工事の遅延により生じた費用と認められる。  I  支給品倉庫仮置き費用も工事の遅延により生じた費用である。遅延による損害については、遅延した引渡(delayed delivery)として本件契約のなかに損害賠償の予定(liquidated damages)が規定されているので、損害額の算定は、本件契約第IV条1.(a)により算定される。  T  による同旨の主張が支持される。本件契約による  T  の遅延責任の成立及び成立する場合における賠償額を確定する必要がある。

なお、  I  は請求する諸費用は、  T  が本来なすべき義務を履行しなかったことにより生じた費用と主張する。  T  は、覚書に記載がない限り、後になって損害賠償等を請求しない旨の一種の和解が成立した、と主張するが、この主張は一方的であり認められない。ただ、本件契約第VII条(b)の趣旨から、  I  は本件バージの引渡しを受ける際に、  T  による本件契約の不履行についての損害賠償請求権を留保する旨のなんらかの意思表示が必要であったと考えられる。この点で、  T  の主張は支持される。

本件契約における本件バージの引渡期日は2004年(平成16年)9月30日であったが、実際に引渡が行われたのは同年11月23日であった。本来は、上記の期日により計算した遅延の全期問につき遅延責任が問題となるべきところ、  I  は納期を同年10月18日まで延長することを了承していて、ここまでの遅延期間については、  I  は  T  の遅延責任を問わないこととなっていたと解される。残る10月18日から11月22日までの遅延について  T  の遅延責任が問題となる。  T  は、  I  がこの期間につきdelayed delivery条項を適用しないことを確約したと主張する。

  T  が言う  I  の「確約」は無条件ではなく、  T  が残工事を滞りなく完成させることが条件となっている。このことは文面から明らかに読み取れる。  I  が免責を「確約」したと主張するのは  T  であるので、文書に記載されている免責の条件、すなわち、「滞りなく残工事を完成させた」事実を立証しなければならないと解される。  T  が滞りなく残工事を完成させることとは、本件について言えば、約束の期限内に  T  が本件バージを完成させることを意味するものと解されるが、本件では、  T  はこの立証をしているとは認められない。ただ「確約」がなされていると言うのみである。

結論として、2004年10月18日から11月22日までの遅延損害については、本件契約第IV条1.(a)を適用して、  I  の遅延損害額は、金23,528,571円(5週と1日)となるので、  T  は  I  に対して、金23,528,571円を支払わなければならない。

 

2.  中国における工事に関する費用の各項目

(1)代替輸送費

  T  は輸送を  I  に依頼した事実を認めている。ただ金額について争っている。  I  は金531,440円を主張し、  T  は金33万円ほどが相当と主張する。  T  が  I  に依頼した際に、輸送の費用について条件を付けていない。33万円が相当とする根拠も示していない。これに反して  I  は甲16号証(1)アにより出費を裏付ける証拠を提出している。  T  が依頼したことにより発生したIH1の債権は、本件バージを  I  が受け取り、代金を支払った事実によって消滅しないと解される。  T  は  I  に対して、金531,440円を支払わなければならない。

 

(2)部品購入費

  I  は  T  の依頼により立替払いした金額と主張する。  T  は、部品は元来  I  の支給品で、  T  が費用を負担する理由がないと主張する。立替金の償還請求権も、本件バージの受取り、代金の支払いにより、請求権が消滅するものではないと解される。  I  の支給品であっても紛失や、破損や、故障の原因が  T  にあれば、  T  が費用を負担しなければならないと解されるが、乙第18号証添付資料4(1頁)に指摘があるように、立替払いに至った詳細な事情が不明である。また、  T  の依頼があったか否かも明らかではない。以上の理由によって、  I  の請求金額、金7,643,154円は認められない。

 

(3)追加派遣SV費

  I  は、金51,195,421円を請求する。この費用は、  K  への納期が遅れるのをおそれて、工事を立て直すために  I  がSVを派遣したことによる費用であるとの  I  の主張に従えば、  T  の工事遅延により生じた費用である。遅延損害については本件契約第IV条1.により賠償額が決められることになっていて、遅延による  I  の損害はすべて上記2.(1)の金額に含まれる。同条と切り離した個別の請求は認められない。

なお、この項目については、  T  からの釈明要求にもかかわらず、  I  は費用の必要性、妥当性は証拠により明らかであるというのみで、判断の資料が不十分であり、請求金額自体に対する適切な判断もできない。

以上の理由によって、  I  の請求金額、金51,195,421円は認められない。

 

(4)  I  支給品倉庫仮置き費用

  I  は、金7,793,621円を請求する。  I  は工事の遅れが資材等の保管費用支出をもたらしたと主張し、  T  は  I  が工事の遅れを知りながら当初の工期に従って機械的に送りつけてきたことが保管費用の原因と主張する。双方の主張は対立するが、工期の遅れが保管費用支出の原因である点で共通している。遅延による損害は本件契約第IV条が規定する損害賠償の予定に従って処理すべきであるとする  T  の主張が支持できる。賠償金額についてはすでに判断したので、  I  の請求金額、金7,793,621円は認められない。

 

(5)曳航タグのキャンセル費用

  I  は、金8,506,933円を請求する。  I  は、予約していた曳航用のタグボートをキャンセルした原因が工事の遅れと出航予定目の変更にあると主張し、  T  は、納期の遅れは履行遅滞の問題であり、損害賠償の予定により処理されるべきであると主張する。  T  の主張が支持できる。  I  の請求金額、金8,506,933円は認められない。

 

(6)バックステイ運搬用バージの追加費用

申立書のなかで、  I  は、バックステイの製造業者が  J  に引き渡してバージに搭載する予定であったが、同造船が引取りを拒否したので、引き取るまでバージ上で保管したと述べ、バックステイの搭載があたかも  T  の仕事であり、また、  T  側の受取拒否が滞船料発生の原因であるような主張をしている。甲第4主張書面で  I  は甲第17号証における書面作成者(以下、陳述者)の陳述を引用する。陳述者は、  I  がバックステイの製造を他社に依頼してこれをバージに積み込もうとしたが、バージの進水が遅れたために積込みができなかった旨の陳述をしている。この陳述は仲裁申立書における  I  の主張と矛盾する。  T  は、搭載は  I  の所掌であり、申立書は事実と反すると主張するが、事実に反する疑いが強い。

  T  は、バックステイを  J  で積み込めなかったのは、海事局の許可が下りなかっただけと述べて、上記の陳述者の陳述とも矛盾する。  I  の主張の真実性に疑問があり、  I  は滞船料を  T  が負担しなければならない根拠につき納得できる説明をしていない。また、滞船料の金額が妥当な金額であることにも問題がある(乙第18号証添付資料4(6頁))。3,000万円を超える損害が  T  の負担であることを認定するために、  I  側の立証が十分になされているとは認められない。船台工事の遅れがバックステイを積載できなかった原困であれば、この追加費用は工事遅延による損害ということになるが、原因につき当事者の主張が異なり特定することはできない。

本項の追加費用については、遅延による費用であるとする  T  主張とは別に、  I  の請求それ自体として検討しても、  I  の請求金額、金30、410,820円は認められない。

 

2.      結論

以上、中国における工事に関して、  I  の請求のうち、遅延損害金、金23,528,571円(5週と1日)及び  W  支給品の代替輸送費金531,440円の合計、金24,060,011円が  T  から  I  に支私うべき金額として認められる。

 

3 1HIが主張する残工事の債務不履行

1.残工事の範囲及び残工事の内容

(1)  T  が本件プロトコルにおいて"outstanding work"(残工事)の完成義務を負ったことについては、当事者の間に争いはない。残工事の意味、残工事の範囲及び  T  が残工事を完成させることができなかったか否かをめぐり争われている。

 

(2)"outstanding"の語を"work"との関連で使用した場合には、まだ終了していない(not yet done)仕事を意味する。本件バージの引渡しの時点でまだ着工していない仕事のほか、すでに施工したが施工不良の工事も残工事に含まれる。いかなる工事がまだ終了していない工事または施工不良の工事に含まれるのか、(以下、残工事の範囲及び内容)、当事者の間で大きな見解の相違がある。  T  が義務を負う残工事の範囲及びその内容が確定しなければ、  T  が施工義務を負う残工事としての仕事自体が確定したとはいえない。

 

(3)本件プロトコルには以下の文言が記載されている。"  T   shall complete the outstanding work within the schedule agreed between   I   and   T  ,…"。また、覚書には、「…工事目程については  I  のクレーン工事に配慮の上、  I    T    W  協議の上決定するものとする」という記載がある。  I  は、"the schedule"には英語の意味である「仕事」と「その時間割」の意昧のうち「仕事」を含まず「日程」のみを意味し、覚書の「目程」と同じ意味であると主張する。  I  は、仕事の範囲及び内容を  I  、  T  及び  W  で協議して決める合意の存在を否定している。それだけではなく、  I  は残工事の範囲は甲第18号証乃至第21号証の交付により明らかになっていると主張している。

これに対して、  T  は残工事の範囲を決める根拠を覚書に求め、  I  、  T  及び  W  3社で互いに残工事として確認した範囲の工事が残工事であると主張する。

  T  が主張するように、仕事の範囲・内容が決まっていなければ、日程も決めることができない。どんな仕事をいつ行うか、仕事と日程は不可分である。仮に、プロトコルに記載されている"schedule"の語が「日程」の意味であるとしても、これらの書面の作成に先立ち仕事の範囲・内容がすでに決められているか、あるいは範囲・内容が機械的に決められるようになっていなければ、「残工事」は内容の確定していない漠然とした言葉にすぎない。同旨の  T  の主張は支持される。

  I  が否定するにもかかわらず、証拠によれば、残工事の範囲は話し合いで決めるとする合意の存在が認められる。乙第16号証16頁に「残工事は、話し合いで決めようということで関係者では話が付いていた」という同証作成者の陳述がある。甲第19号証の1の本文2行目にも合意の存在を前提としたと思われる文が書かれている。  I  は、合意の存在を前提としたものではないと主張する。しかし丙第32号証は合意の存在を裏付けている。これは、「3000TFC会議メモ」と題する会議内容を記録したメモである。この書面2頁に  W  側から「残工事の確認は、11/21現場で双方確認という取り決めであったにもかかわらず貴側は拒否した」との発言があったのに対して、  I  側から、「まず、11/21の現地での立会確認は当方の都合で出来なかったことは申し訳ない」と答えが返されている。この発言は、  I  側担当部長(本件契約の記名者と同一人物と推定される)によりなされている。また、このメモについて、その存在や内容の真偽について  I  から異議が出されていない。乙第14号証の文書は、  I  の事業部長から  T  及び  W  の両社社長に宛てたものであるが、そのなかに、残工事の内容は別途IH王、  T  及び  W  の三社協議して決定し、と明確に書かれている。  I  の否定主張は事実に反すると認められる。

以上、残工事の範囲は、  I  、  T  及び  W  の三社による協議で決めることになっていたと結論づけられるので、  T  が完成義務を負う残工事とは、  I  、  T  及び  W  の協議により決められた範囲及び内容の残工事ということになる。しかし、三社による協議は、  W  が釜山を撤退するまで結論を得ることはなかった。  I  は甲第18号証ないし甲第21号証により残工事の範囲は証明されたと主張するが、提出されたこれらの証拠は  I  が主張する残工事であり、協議の結果として  T  、  W  が承認したものではない。加えて、  I  が残工事の範囲と主張する残工事リストは複数あり、甲第20号証以後の残工事リストには  K  から送付された307項目にわたる残工事リストも加えられている。契約の当事者ではない第三者が残工事と主張する工事がなぜ  T  が行うべき残工事となるのか、その理由も示されていない。また残工事の項目には  K  と協議の上実施するか否かを決める項目もある。なぜ、残工事として実施するか否かが、第三者との協議にかかっているのか。残工事であるか否かは、  I  、  T  及び  W  が協議して決めるのが約定であり、約定外にある第三者の意向は全く関係がない。  I  の残工事リストには上記の疑問があるが、この問題に立ち入るまでもなく、  I  の残工事リストに記載された項目は本件契約で  T  が行うべき残工事とはいえない。

  I  は請負工事の範囲の変更は発注者の専権で、請負人はこれに従うべきと主張する。当初の仕事の範囲を超えることになるならば、これは追加工事となり請負人は代金増額を主張できると  I  は主張する。  I  は、話し合いで残工事の範囲を決める合意の存在を否定し、自己が提出した残工事リストに記載された工事を  T  が行うべき残工事であると主張している。  I  が提出した残工事リストのなかに当初の残工事の範囲を変更する部分があればそれは追加工事で、工事の範囲の変更は、注文者の専権である、と言っているものと理解される。請負契約におけるこのー般論は本件には当てはまらない。本件の場合には、残工事の範囲自体が確定していなかったのであるから、どの工事が当初  T  により施工されるべき仕事の範囲(残工事の範囲)であり、どの工事がその範囲を超えた追加工事になるのか当事者のみでなく第三者にも判定できない。

  T  は、  W  が提出した残工事リストについて  I  は黙示の承諾をしたので、  W  の残工事リストに記載された項目こそ  T  が完成義務を負う残工事であるという。黙示の承諾の理由として  T  は次のように言う。  I  が残工事の協議に欠席したので、  W  は、やむなく、  W  の残工事リストを  I  の部長に3時間かけて説明したうえ、同リストを同部長に手渡した。この時、同部長からは、残工事リストの内容に関して何らの異議も述べられなかった。しかし、この一事をもって  I  が  T  に対して黙示の承諾を与えたとはいえない。残工事の範囲は三社の協議で決められるのに、説明の場に  T  がいたことは述べられていない。本件バージの引渡後においても残工事の完成義務を  I  に対して負っているのは  T  であり、  W  ではない。  T  に対して  I  は、11月25日に  I  の残工事リストを送付して、工事内容の確認を求め(甲第18号の1、その後も、甲第19号証の1から甲第21暑証の1に至るまで  T  に対して対応を求めている。

  T  が  I  に対して完成義務を負う残工事は、  I  、  T  及び  W  の協議により確定した範囲と内容の工事であるが、協議は  W  が釜山の工事現場を去るまで整わなかった。  I  が黙示の承諾をしたことを主張する  T  も、どこまでが残工事であるのか、今に至るまで明らかではないことを認めている(第1事件仲裁人からの質問への回答3頁)(以下、  T  回答書〉。したがって、  I  、  T  が主張する残工事はいずれも  T  が履行義務を負う残工事とはいえない。

協議が完結しなかった状況の下で、  T  の義務の範囲をどのように捉えたらよいのかについて、  I  は、残工事の範囲につき確認合意ができない場合に、残工事の範囲を決定するのは仲裁又は裁判所の役目である旨を主張する。しかし、残工事の範囲を主張、立証するのは  I  の責任である。残工事の範囲を当事者が決めることができなかったことは、仲裁廷も決めることができないことを意味する。当事者の合意内容によって残工事の範囲及び具体的な内容が確定してはじめて、残工事の語は実質的な意味を付与されることになる。残工事の範囲及びその内容が当事者によって明確化されることが、  T  の残工事完成義務違反を判断する前提となる。

残工事の範囲を当事者の協議により決めることは、当事者の契約であり、当事者の合意通りに残工事の範囲が決まったか否かを認定するのが仲裁廷の任務である。

当事者の協議が完結できない場合に、仲裁廷に残工事の範囲決定をゆだねるという当事者の合意があれば、仲裁廷は残工事の範囲を決めなくてはならないが、そのような合意を見いだすことはできない。仮に、  I  の主張に従うとしても、  I  が言う本件契約書は残工事の認定に全く役立たないし、また、仕様書も仲裁廷には提出されていない。  I  が主張する残工事リストのなかから、仲裁廷はどのようにして残工事でないもの、過剰工事であるもの、また追加工事であるものを分別すればよいのか。乙第18号証における造船の専門家ですら否定的な意見を述べている。残工事の範囲を明確に仲裁廷に提示するのは  I  の責務である。

  I  は、「わざわざ両当事者の合意がなければ残工事の着手はできないと解することは不当かつ非合理で、経験則に反するし、当事者の理解ともかけ離れている」(  I  回答書6頁)と主張する。協議が完結しなければ残工事に着手しないという合意はなされていないので、この点では  I  が言うことを認めることができる。しかし、  T  が言うように、本件プロトコルの規定にある「残工事」の語は、残工事の範囲・内容が当事者の協議が完結してはじめて外延・内包のはっきりした残工事になる。協議宗結前に施工に着手した工事は、正確には残工事の着手とは言えない。当事者の意思としても、協議による残工事範囲・内容の確定は、施工者が工事の範囲を確認し、発注者も紛争が生じた際に施工者の債務不履行を確実に立証できるようにするためになされる。この意味で、当事者にとり、協議の完結が残工事に着手するための事実上の前提をなしていて、両者は不可分な関係にあるということができる。仮に協議が完結する前に  T  が工事に着手しようとした時に、  I  がそれを放置した場合には、不利益を受けるのは  I  である。  I  は  T  が残工事を完了できなかったことを立証できなくなるからである。本件の場合がこれにあたる。残工事の範囲が確定してはじめて、  I  は  T  の債務不履行を立証できることになる。

協議の完結がないまま工事が開始され、今日のような紛争を生んだ責めがいずれの当事者の側にあるのか、また、残工事の協議を完結させることができなかった責任がいずれの側にあるのか、  T  は、  I  が残工事の範囲を確認し合う打合わせの当日になって、一方的にこの打合せをキャンセルした、と主張する。  I  は残工事を当事者の協議で決める合意の存在自体を認めていないが、前述したように、この  I  の主張は正しくない。残工事の範囲を合意できなかった責めがいずれの側にあるのか、当事者の議論の結果から確定することはできない。

本件においては、残工事の範囲及び  T  が施工すべき具体的な工事の内容が確定していたとはいえない、という結論となった。

 

3.      残工事完成義務違反とその立証

  I  は、  T  が残工事を完成させることなく途中で撤退したために残工事を代行せざるを得なかったと主張し、  T  の債務不履行を主張する。残工事の範囲とその内容並びに残工事を  T  が完成させることができなかった事実及びこれにより  I  が受けた損害額は  I  が立証責任を負う。  I  は請求内容が合理的に立証されたと主張する。  T  は、  I  が残工事の範囲、その費用の程度及び費用の妥当性に関して全く証明していないと反論する。

  I  は、仲裁申立書のなかで残工事の諸項目及び費用をあげ、これらの項目に該当する損害・費用及びその妥当性を示す証拠として甲第16号証を提出している。残工事の範囲は、甲第18号証(1乃至3)、甲第20号証(1乃至4)、甲第21号証(1乃至4)で詳細に立証していると  I  は主張する(甲第21号証の3の残工事リストが残工事の完成版)。  I  は、また、甲第15号証(添付資料)を挙げる。これは残工事の範囲全体を証明する証拠でない。KRによるブロック検査が未了の部分を示すとされるこの書面には、作成の日付も作成者の名前も記載されていなくて、直ちに信頼することができない。また、  T  も、本件バージに対して釜山へのKRの曳航許可が出た事実から、少なくとも構造上は完成していて、残工事の範囲が極めて僅かであったと主張している。

以上、  I  が根拠とする諸書面は、  I  が主張する残工事の範囲を示すものではあるが、  T  が完成義務を負う残工事の範囲を立証しているものではない。

  I  が主張する残工事についても、仲裁申立書別紙(甲第2主張書面別紙に差換え)及び甲第16号証証拠説明書に記載された残工事にかかわる各項目及び費用が、  I  の残工事リストに掲げられている各残工事の項目のどれと対応するのか。その対応関係が明らかにされていないので、  I  が主張する残工事から生じた費用なのかどうかということすら分からない。

残工事リストの完成版には、  I  が提出した1,346項目をべ一スとした残工事の項目に加えて、  K  提出の307項目をべ一スとした残工事の項目がリスト・アップされていること、さらに、品質基準、工作基準に  K  スタンダードが適用されたこと(乙第1号証)等を勘案すると、  I  の残工事リストの項目には過剰工事、追加工事に属するものがありうるという疑念をぬぐい去ることはできない。仲裁人にも理解できる説明がされていない。

  T  が提出した日本海事検定協会の鑑定人による鑑定意見(乙第18号証)によれば、まず、甲第16号証につき、損害内訳明細書に関して残工事の判定及び工事費の判定につき「算定不可」の項目が殆どであった、と述べられている。次に、  I  の残工事リストの項目については、(1)記載が具体性に欠け、残工事の判定ができない項目が多数ある、(2)品質に関わる工事項日では、仕様書の品質を満足しないために発生した工事かあるいは過剰品質要求による工事なのか判定不可能なものが多数あった、(3)工事費の算定についてはほとんどの項目で算定不可となった、と述べられている。鑑定人は船舶工学を専門とし造船実務にも長年の経験を持った鑑定人であり、鑑定結果は信頼することができる。

  T  が残工事を完成させることなく撤退したか否かを検討するまでもなく、  I  は  T  の残工事完成の債務不履行を立証することはできなかったと言わなければならない。  I  が立証することを試みているのは、繰り返しになるが、あくまでも  I  が主張する残工事であり、  T  及び  W  との協議の結果として確定した残工事ではない。したがって、  T  が  I  に対して負った残工事完成債務不履行にかかわる  I  の請求(釜山での残工事費用)のうち、  T  が  I  の請求を認める項目を除いて、認められない結論となる。

残工事の範囲及びその内容は確定していないが、  T  は  I  に対して引き受けた工事を12月20日までに完成させる約束をしていたことが認められるので、本件では  T  にこの約束違反があったことが認められる。  I  は  K  に支払った引渡し遅延賠償金を  T  に求償するという形で、間接的に  T  の遅延責任を追及する意思を明らかにしている。この問題は、別途第4の2.(3)において検討する。

 

4 個別的な請求項目について

1.  残工事に関する費用の個別的項目

(1)バージ用現地塗料購入費、金5,319,449円について、前項第3.において明らかにした理由により、  I  の請求金額は認められない。

 

(2)残工事SV費、金96,012,448円について、(1)と同じ理由により認められない。

 

(3)残工事外注費、金218,333,939円について、  I  は残工事であること及び請求金額の妥当性を立証しているとは認められないが、ただ、外注費については、  T  が負担を認めている項目があるので、各項日につき  T  が認める金額又は限度額について、  T  の支払い義務を認めるべきである。合計、金3,245,000円を  T  は  I  に対して支払わなければならない。細目は以下のとおりである。

(i)船殻工事につき、  W  が150万円を負担する合意があることを  T  は認めている。  T  は  I  に対し、金1,500,000円を支払わなければならない。

(ii)賄室配管工事につき、  W  が  I  に引取りを依頼したことを  T  は認めているが、50万円程度が相当であると  T  は主張している。結局、50万円までは支払いを認めていると解されるので、  T  は  I  に対し、金500,000円を支払わなければならない。

(iii)艤装・電気につき、  T  は一部残工事であることを認め、金額は100万円程度と主張する。100万円までは  T  が債務を認めているものと解して、  T  は  I  に対し、金1,00O,0OO円を支払わなければならない。

(iv)立替払いにつき、3万5千円程度が相当であると  T  は主張する。  T  は  I  に対し、3万5千円を支払う意思があったものと解して、金35,000円を支払わなければならない。

(v)電気工事につき、  T  は  I  に委託したことを認めるが、工事は21万円程度で施工できると主張する。21万円は  T  に支払意思があったものと解し、  T  は  I  に対し、金210,000円を支払わなければならない。

 

(4)  K  の施設使用料及び人件費

  I  は、  T  の工程遅延、不良工事などにより生じた費用と主張する。工程遅延については、中国における遅延が釜山での工事をもたらしたという主張と考えられる。しかし、中国での遅延の問題は、2004年11月22日までの遅延として区切がつけられている。  K  のヤードでの工事は新たな契約による工事である。同ヤードでは  I  のクレーン部分の工事も行われることになっていたものと理解されるので、  I  が  T  に負担を求めようとする揚合には、残工事の合意のなかで、負担の罰合、負担の範囲等につき詳細な取り決めがなされていることが必要である。  T  は費用負担の約束をしたことはないと言っている。  T  使用料の算定根拠につき  I  に釈明を求めているが、  I  は、釈明要求に正面から答えていない。  I  が請求する金29,442,568円につき、  I  の請求は認められない.

 

(5)バージ不具合による据付等に生じた追加費用

  I  は、  T  が韓国での工事の完成日の約束を守らなかっただけではなく、  T  が残工事を履行しないで撤退したためにクレーン部の据付・加重テストに遅れを生じた結果、遅れを挽回するために生じた予定外の費用を支出したとして、これを  T  に請求する。  T  は、内容につき主張書面、証拠を見てもさっぱり分からず、  I  の請求は問題外と主張する。  I  は、  T  が残工事の完成を不履行のまま撤退した事実を立証していないので、  T  の残工事完成義務の放棄が追加費用の発生につながったことは認められない。さらに、  I  が追加費用であるとする甲第2主張書面書別紙(2)オに記載されている諸項目が、韓国における  T  による残工事の遅れによって発生したものであることを  I  は証明しているとは言えない。

仮に、  I  が請求する諸費用が遅延によって生じた費用であるとしても、遅延による損害については、本件契約書第IV条が準用されるものと解すべきで(  I  の考えでも本件契約書が適用)、遅延損害として処理されるべき費用であるが、  I  は本件契約第IV条による主張を全くしていない。  I  の請求、金51,579,912円につき、  I  の請求は認められない。

 

(6)制御盤損傷費

  I  は金5,138,650円を請求していたが、第6主張書面において、金3,200,000円は保険金で填補されたことを理由にして、請求を取り下げ、請求額を金1,618,650円に変更した。  T  は  I  の請求を認めているが、当初の  I  の請求金額につき、300万円ぐらいが適正額と主張して争っている。  T  は  I  の請求額が不適正であるとする根拠を全く示していない。また、  I  も保険契約の種類、契約の内容につき、明細を明らかにしていない。以上、双方の主張に問題がある。ただ、  I  が請求する金額は、  T  が適正額と主張する金額の範囲内に収まっているので、  I  の請求金額全額が認められ、  T  は  I  に対し、金1,618,650円を支払わなければならない。

 

2.    K  からの損害賠償請求分に関する  T  への請求

(1)本件バージ品質低下による請負代金減額分

  I  は釜山における修正工事で対応できない箇所があったことを理由として、  K  に対して代金減額の受け入れを余儀なくされ、金28,204,340円の損害を被ったと主張する。上記金額の算定根拠が明らかではないことにつき、  T  から釈明要求が出されている。甲第17号証によれば、上記の金額は、  I  が残工事として認める不良工事の部分のうち、  K  に引き渡す際に補修不可能な部分について実質的には補修工事費に相当する金額の支払いを相互に合意したものであると理解される。甲第16号証(3)ウによれば、欠陥工事の補修を確保するために充てられる金額とされている。  K  に対して  I  が欠陥と認めた工事の部分が(WBT paintng 等)、  T  により施工されるべき残工事のなかに含まれていることを  I  が証明し、さらに、  T  が施工不良のまま撤退したことを  I  が証明することにより、はじめて  I  は  T  に対して負担を求めることができる。本件において、残工事の範囲につき  I  の立証がなされていないので、この損害金を  T  の負担とすることはできないと考える。  I  の請求金額、金28,204,340円は認められない。

 

(2)残工事の免除のための解決金

これについても、  I  が主張する残工事が  T  の義務である残工事完成義務に含まれることが立証されていないので、  I  が  K  に残工事免除のために支払ったとされる解決金につき  I  の請求は認められない。  I  の請求金額、金10,231,980円は認められない。

 

(3)引渡し遅延損害金

  I  は、  K  に対して遅延損害金、金118,272,000円を支払うことになったのは  T  の債務不履行による、と主張する。仲裁廷は以下のように考える。

  T  は、  I  に対して「  K  への当初の予定納期及び実際に納鍼した日時、  K  への遅延損害金が118,272,000円である根拠」についての釈明を求めているが、甲第7主張書面第2-5.による  I  の反論にもかかわらず、  T  の要求に対応する満足な釈明はなされていないと認められる。さらに、  T  は証拠提出要求をしているが、これについても証拠の提出はない。  T  は、  I  が遅延賠償額を  K  と合意するに至った過程に全く関与していないので、交渉の経過につき、また、反論をするうえで重要な証拠につき、  I  に対して釈明及び証拠の提出を求めたものと解される。仲裁廷にとっても、  T  に負担を求めることができる損害額か否かを知るために、詳細な情報が必要である。

甲第17号証(12頁)では8週間の遅延とされているが、いつからいつまでの遅延なのかは明らかではなく、  I  の  K  へのクレーン船の契約上の納期及び実際の引渡し期日について、  I  は申立書のなかで明らかにしていない。バージ部の工事については、  I  も  T  の工事と並行して  I  が言う残工事を行っており、クレーン工事も  I  が並行して行っていた。このような状況の下で、  T  の工事の遅延及び  I  が言う残工事を残したままの  T  の撤退が、納期遅延における唯一の原因であったのか、あるいは部分的な原因であったのか、判断することができない。引渡し遅延損害金が計算された根拠が、損害賠償額の予定(liquidated damages)であるということまでは分かる(甲第16号証(3)ウ-1)。しかし、この定めがおかれていると思われる  K  と  I  との間のクレーン船建造契約を  I  は証拠として提出していない。

  I  は、  T  の工事遅延及び来完成のままの工事からの撤退が遅延損害金支払いの原因と主張するが、この立証責任を果たしていない。また、引渡し遅延損害金の妥当性についても全く証明していない。  T  の工事遅延責任を問題とするのであれば、  I  は、本件契約第IV条(  I  は残工事にも本件契約が適用される主張)との関係についても示すことが必要であると考えられる。  T  は遅延についての責任を  I  に対して負うのであれば、契約上同条により計算された金額を超えて責任を負わないはずである。それにもかかわらず、同条よる責任額を大幅に超えた金額をなぜ  I  に支払わなければならないのか、その理由も示されていない。以上、「引渡し遅延損害金」についての  I  の請求は認めることができないという結論となった。ただ以下に記述する仲裁人の間の議論について触れておくことが適当であると考える。

提出された証拠の範囲で判断すれば、  T  の残工事の遅延が  I  の  K  に対する引渡遅延に無関係とはいえない。この事実から、  T  が責任を全く負わないと結論するのは、公平に反するのではないかという問題が提起されたことから、仲裁人の間でこの問題についてかなりの時間をかけて議論がなされた。

  T  の遅延損害については、本件契約第IV条に規定があり、  T  は工事の遅延については同条が定める算定方法により算出された額の責任を  I  に対して負わなければならないことになっている。残工事の遅延に同条を準用ないしは類推して、同条による算出金額が、  K  に対する遅延損害金のなかで  T  が負担すべき金額とすることが考えられる。反対に、残工事の遅延については残工事の契約のなかで当事者が合意しなかったことに加えて、残工事には引渡しがないので、引渡しの遅延(delayed delvery)を定めた本件契約第IV条は残工事には準用ないし類推適用できないという考えも成り立ちうる。さらに、  I  の主張を広くとらえ、  I  が  T  の遅延責任を問う主張をしているものと理解し、本件契約第IV条による  T  の責任を直截に認めるという考えもある。いずれの考えにおいても、考えを取り入れる前提として克服しなければならないいくつもの問題点を持っている。特に金銭負担の責任を負えぼ不利益を受けるのは  T  であるから、上記の考えに対する  T  からの議論がなされることが弁論主義の観点からも重要である。これらの問題につき当事者の議論が全くなされていない現状の下で、仲裁廷が一方的にどの考えが当事者にとり公平であるかを決めることはできない。

中国での工事の場合には、  T  の本件契約第IV条による遅延責任が当事者の間で議論されている。これと比べて、本項請求の場合は、本件契約第IV条による遅延責任が当事者の間で全く議論されていない点が中国の場合と異なっている。相違点はこれにとどまらない。  I  の請求原因全体から判断して、  I  は、  T  が請け負った工事を完成できなかったことによる債務不履行を主張しているものと解される。遅延責任は、工事は完成したが引渡しが遅れた(delayed delivery)場合に成立する。引渡しが実現できなかったが引渡の遅延が成立することはありえない。請負人の遅延責任は、同人が仕事の完成義務を果たした場合に問題となる(丙第3準備書面第2-1)。  I  は  K  への引渡し遅延の原因として残工事の未完成撤退と工事遅延の二つを挙げるが、上記の理由から、  I  は、  T  の残工事の未完成撤退が  K  への引渡し遅延の原因となった、と主張しているものと考えなければならない。  I  は、残工事未完成撤退という自己の主張上、工事の遅延(本件契約第IV条)による  T  の責任を直接追及することができないので、  K  への遅延損害金の支払いによる損害の負担を  T  に求めるという間接的な手段を選んだと解することもできる。工事の完成遅延と完成放棄とは論理上も両立できない。これに対して、中国での工事の場合には、本件バージの引渡しが行われているので、引渡しまでの工事の遅延責任が問題となることにつきなんらの矛盾はない。  T  の  I  に対する本件契約による遅延責任が、  I  の主張として提示されている場合には、  T  はこれに対して反論を展開することができたはずである。  I  の主張を経ることなしに、仲裁廷が仮に上記のいずれかの考えないしは結論を示したとすれば、これに対しては、  T  は反論する機会が与えられないまま、仲裁判断の結果に従わなければならないことになる。  T  からの釈明要求、証拠提出要求にもかかわらず、  I  はこれに応えていないので、当事者の議論は進んでいない。上記の論点についても当事者の論争が全くなされていない現況の下において、仲裁廷が一方的に判断を示すことは適当ではないと考えた。

以上、結論として、  I  の請求金額、金118,272,000円は全額認められない。

 

5 結論

以上、  T  は  I  に対し、金28,923,661円を支払わなければならない。

また、この認定金額に対しては、本仲裁判断のなされた日の翌日から完済に至るまで年6分の割合による金利を支払うことを相当と認める。

仲裁費用は、  I  が日本海運集会所に既に納付した金2,824,500円(含消費税)と、  T  が既に納付した1,968,225円(含消費税)の合算額である金4,792,725円(含消費税)とし、その負担割合は、各自の納付金額を各自の負担とすることを相当と認める。なお、  T  の納付金は  I  の納付金を下回るが、これは  T  が第2事件(  T  と  W  間の仲裁)においても同額を納付していることを考慮した。また、代理人弁護士の費用、仲裁手続につき、  I  及び  T  に生じた費用は、各自の負担とする。

よって、本請求について、主文のとおり判断する。

 

6 当事者への要望

2部第4をここに引用する。

以上、第1部

 


 

2部

 

反対請求についての判断

 

(事件番号:TOMAC-2006015)

 

主文

 

1.    I  は  T  に対し金23,783,80O円を支払え。

2.    I  は  T  に対し、本仲裁判断の翌日から完済に至るまで、金23,783,800円に対する年6分の割合による金員を支払え。

3.    T  のその余の請求を棄却する。

4.  仲裁費用は、反対請求が本請求と併合して審理されたため、第1部主文4.による  T  及び  I  各自の負担に含まれるものとする。

 

請求と答弁

 

請求の趣旨

[T]

1.        I  は、  T  に対し、金141,759,400円及び内金73,529,400円に対する平成16年11月23日から支払い済みまで年6分の割合による金員並びに内金68,230,000円に対する平成17年3月3日から支払い済みまで年6分の割合による金員を支払え

2.      仲裁費用は、  I  の負担とする

との仲裁判断を求める

 

答弁

[I]

1.    T  の請求を棄却する

2.  仲裁費用は  T  の負担とする

との判断を求める。

 

反対譜求仲裁申立の経緯及び争点

 

1 反対請求仲裁申立の経緯

  I  は  T  に対して、平成17年10月31日付で仲裁申立(フローティングクレーン用バージ製造販売契約紛議仲裁事件)を日本海運集会所海事仲裁委員会に宛てて行った。この事件の経緯については、本件仲裁判断書第1部(事実及び争点第1)のなかで記述してあるので、これをそのまま援用し、再記述を省略する。

  T  は、平成18年6月7日付反対請求仲裁申立書により、  I  に対して反対請求の申立てを行った。反対請求申立の原因として、  T  は以下のように言う。  W  は、  J  に対して追加工事金を支払った。  W  はこの追加工事金を  T  に請求したが、  I  が支払いに応じないことを理由に  T  は支払いを拒否した。その後も  W  は円満な解決を模索し、  T  及び同  I  と話し合いを続けたが、  I  の仲裁申立によりその途が閉ざされたことを理由に、  W  が  T  に対して仲裁申立を行った。そこで、  T  は  I  に対して反対請求の仲裁申立てを行い、金73,529,400円を請求した。  I  は平成18年7月5日付答弁書を提出し請求棄却等の判断等を求めた。

その後、  T  は、平成19年10月3日付反対請求拡張申立書により反対請求の拡張申立を行い、金73,529,400円及びこれに対する利息を請求することに加えて、金68,230,000円及びこれに対する利息の支払いを求めて請求の趣旨を変更した。変更の理由として  T  は以下のように言う。  W  は、本件バージが  K  構内に移動した後も、建造契約のスペックによる施工義務を負わない追加工事・過剰工事を  I  から指示又は依頼され、これを施工した。これらの工事につき、契約書等を作成しなかったので、  I  との直接契約による工事なのか否か明確でなかった。そこで、  W  は、金68,230,00O円の支払いを求める訴えを東京地方裁判所に提起した。裁判所は、工事が仮に残工事の範囲を超えるとしても、  W  と  I  との間で直接契約が成立したとは認められない、という理由で請求を棄却した。請負契約の相手方は  T  であることが明らかになったことから、  W  は  T  に対してすでに行っている反対請求申立の趣旨を拡張し、  T  は  I  に対して反対諸求の趣旨を拡張した。これに対して、  I  は平成20年1月23日付第3主張書面を提出し、請求の棄却等を求めた。以下において、反対請求申立における争点を整理して掲示する。

 

2 争点及びこれについての当事者の主張

1.  中国で行なわれた工事に関する争点・主張

(1)追加支払金全体としての争点・主張

(  T  の主張)

本件バージの建造に関して基本合意がなされた当時、正式なスペック、艤装、配管に関する詳細図及び見積資料が完成していなかったため、最初の納期に間に合わせるために、  W  及び  J  は暫定的な見積りに基づいて工事に着手せざるを得なかった。そのうえに注文主である  I  が度々仕様の変更を行い、  J  が契約上要求されない工事を多数施工したために、  J  は当初の見積りよりも多額の費用を負担する結果となった。  I  は妥当な査定金額に関してその負担を認めている。  T  の反対請求(金73,529,400円)は、事後に合意した費用として認めるべきである。

(  I  の主張)

  W  は、  T  との間の「請負契約」の条項に従って  T  に対して追加工事代金の支払請求をしているものと思われるが、  I  はこの「請負契約」の当事者ではないので、  T  主張の支払責任については強く否認し争う。  J  や  W  を孫請けや下請けに採用したのは  T  であって、これらと  T  の間でどのような契約がなされようとも、それは  T  が自らの責任で決定して対応すべきことである。  T  の反対請求をいずれも否認する。

 

(2)追加支払金に関する個別的な争点・主張

(i)船殻重量増加

(  T  の主張)

当初の船殻予定重量は4,000トンであったが、重量明細表をチェックした結果、使用した鋼材の重量が4,160トンとなった。そのため、  J  は船殻重量増加による追加工事費の支払いを求め、  W  はこれを支払った。  T  、  I  及び  W  の間で重量に増減が生じた場合には後に調整する基本合意があった。重量の増加分は、1,360,O0O元(金17,421,600円)である。1元=12.81円で換算(以下同じ)。

(  I  の主張)

  I  は、  T  の主張事実を否認して争う。

 

(ii)艤装取付部材、配管取付部材の重量増加

(  T  の主張)

工事は暫定見積りのもとで出発した。その後、  I  から出されたスペック、仕様変更により工事を行った結果、増加分を生じた。艤装増加分は2,000,00O元(金25,620,000円)、配管増加分は350,000元(金4,483,500円)である。

(  I  の主張)

  I  は、  T  の主張事実を否認して争う。

 

(iii)ケーブルの追加購入

(  T  の主張)

  I  の所掌範囲であるクレーン部操作回路ケーブルの長さが不足していることが判明した。  J  が追加購入した。購入費(工賃を含む)のうち、  W  は100,000元(金1,281,000円)の請求を受け、  J  へ支払った。

(  I  の主張)

  I  は、  T  の主張事実を否認して争う。

 

(iv)艤装品の購入

(  T  の主張)

  J  は、通風筒、ウインチステージ、チェストカバー等を外部業者より購入した。  W  はこれらの艤装品の購入費として500,000元(金6,405,000円)を  J  に支払った。

(  I  の主張)

  I  は、  T  の主張事実を否認して争う。

 

(v)クレーン部ロープ出口装置取付工事

(  T  の主張)

クレーン部ロープ出口装置取付工事は、  I  より依頼のあった工事であり、この費用は、150,000元(金1,921,500円)である。

(  I  の主張)

  I  は答弁書で  T  の主張事実を概ね認めたが、後に出された第4主張書面のなかで、中国でなされた追加工事に関する反対請求につき、すべて否認に転じた。

 

(vi)建造保険料迫加

(  T  の主張)

バックステイ取付工事を行うため、バージを移動する必要から、新たな建造保険付保の必要を生じた。  I  と  W  が協議の結果、保険料は両者の折半負担となった。60,000元の半額、30,000元(金384,300円)を  T  が負担することになった。

(  I  の主張)

(v)と同様に  T  の主張事実を概ね認めたが、後に否認に転じた。

 

(vii)その他の追加諸経費

(  T  の主張)

  I  の仕様変更に伴う諸経費(工賃、通信料、食費、交通費等)として  W  は  J  から6,112,299元の請求を受けたが、交渉の結果、1,250,0OO元(金16,012,500円)を支払うことで決着した。

(  I  の主張)

  I  は、  T  の主張事実を否認して争う。

 

2.  韓国で行われた工事に関する争点・主張

(1)残工事が韓国で行われるようになった経緯に関する総論的な争点・主張

(  T  の主張)

  T  は、  I  からの構造図面の提出の遅れ、  K  が  J  に対して過剥要求というべきクレームを多々つけたために  J  が工事を中断したこと、  K  がKR検査員に圧力をかけたためにKR検査の受検ができなくなった結果、韓国で残工事を施工せざるをえなくなった経緯を述べた後、以下のように主張する。

  K  構内での工事には本件請負契約上要求されていない工事、すなわち、  K  の要求から指示された過剰工事・追加工事が含まれていた。これらの工事については、  I  と  T  との間で、実費相当額を報酬とする請負契約(本件請負契約)が成立した。  T  は以下に挙げる費用相当額を報酬としてIHlに請求する。

(  I  の主張)

構造図提出が  I  の義務であること、  J  が工事を中断したこと、未完成のままバージを  J  構内より出港し  K  構内で  T  等が残工事を行う旨の合意がなされたことを認め、その余は否認して争う。工程遅延をもたらすような出図の遅れの原因は  T  にある。KRの検査を受検できなくなった原因は  T  にある。  J  が工事を中断したのは協力金の要求が目的である。

  I  は、過剰要求等はしておらず、契約で規定されているKRなどの基準の充足を要求していただけである。

 

(2)韓国で行われた工事に関する個別的な争点・主張

(i)配管工事(油圧管改造工事)

(  T  の主張)

この工事は、20O5年1月22日、  K  構内に設置された  I  の事務所(サイトハウス)において、  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。仕切弁増設は残工事に当たらない。請求金額は施工業者の見積金額と  W  が購入したバルブ代の合計額(15,000,000ウォン)を基に算定した。請求金額は金1500,0OO円である。

(  I  の主張)

  I  は、工事内容は認めるが、その余は否認する。試運転中に発生したリリーフ弁のトラブルに鑑み、再び同様な事故が発生した場合に配管内の作動油を全部抜き取ることなく修理ができるように、  W  の了解の下で仕切弁を増設した。仕切板では今後のトラブルに対応できない。仕切弁増設でも総額50万円程度の費用で足りる。  I  が工事費として主張する油抜き工事は、もともと  W  に責任がある不具合の補修費で、  I  の負担ではない。  T  主張の損害額につき、丙号証記載のウォンから主張書面記載の円に換算する換算レートが不明で、これは以下すべての工事費用についても同様である。

 

(ii)LO管新規作成工事(主発電機関LO管新規製作全面取替)

(  T  の主張)

この工事は、2004年12月30日、バージの建造現場で  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。LO(潤滑油)タンクから発電機まで潤滑油を補給するLO管35本すべての新規作成を要求する内容である。

LO管のブラッシング施工の際に発生した2カ所の1/10Oo以下の穴からの滲む程度の漏れは、溶接による補修工事で十分であり、費用も1箇所あたり1000円から2000円程度で済む。

  I  は、不具合は漏れではなくエルボ配管の溶接部スラグ(溶接のカス)が存在したために客先から新規作成を要求された、と主張するが、スラグが原因であれば、ブラッシングをすれば十分で、  W  はこれを行っている。エルボ配管の使用はCSQSで禁止されていない。  W  は  I  から要求されない限り自らの判断で新規作成をするはずもない。新規作成は明らかに過剰工事であり残工事には当たらない。請求金額は見積りを基に算定した。請求金額は金2,300,00O円である。

(  I  の主張)

  I  は否認し、以下のように主張する。  I  の担当者が  W  の下請業者から相談を受けた際に、「一部は手直しし、残りは既存のものを使ったらどうか。しかし、具体的な対応はそちらが判断してください」と回答し、その改善方法を  W  に委ねたところ、  W  が自らの判断で新規作成を行った。過剰要求ではない。

 

(iii)主発電機関LO管、FO管ブラッシング工事

(  T  の主張)

この工事は、2004年12月15日、  W  のサイトハウスにおいて  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。

主発電機関LO管、FO管フラッシングは、  W  の残工事の一つであったが、この工事には統一的な品質基準は定められておらず、それぞれの造船所が独自の基準で行っている。通常は、元油を使用して24時間程度施工し、フィルター洗浄を行えば足りる。  I  が指示した使い捨て油の使用の要求、業者まで指定したこと及び72時間もかけて長時間施工したことは過剰要求であり、工事は過剰工事である。  I  の損当者は検査の際に自ら判断したことは一度もなかった。韓国に移動した後は、  I  の担当者は、完全に  K  の言いなりとなってしまった。韓国では、  T  は業者の指定を受けるようになり、長時間フラッシングは指定業者の意見により話が進められた。請求金額は見積りを基に算定した。請求金額は金3,070,000円である。

(  I  の主張)

  I  は否認し、以下のように主張する。  I  の担当者は、上記の要求、指定のいずれをもしていない、  I  の担当者は、完了検査で不合格の判定をしたにすぎない。ブラッシングの判定基準は、時間ではなく油の汚染度による。長時問を要したのは、配管工事の不良が原因で72時間経過しても配管内の異物を除去できなかったからである。  I  はブラッシング油の使用、業者及び時間も指定していないので、工事は過剰工事ではない。

 

(iv)油圧管酸洗、フラッシング

(  T  の主張)

この工事は、2005年1月6目、  W  のサイトハウスにおいて  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。依頼の内容は、油圧管(総延長10001m以上)を取り付けた後、ウィンチ及びポンプ出入口の管を取り外して管内部を酸洗し、ブラッシング油で洗浄するというものである。中国工事の分は完了していたので、残工事は韓国で取り付けたデッキ上の油圧管(20m弱)の取付け及び酸洗い・ブラッシングのみである。2ケ月経過程度では錆が通常発生せず、中国分についての酸洗いは不必要である。専用油で行うフラッシングの方法も過剰工事である。

  I  は、納期まで猶予もなかったので、関係者協議のうえ全油圧管取付け後に、全ての油圧管につき再度の酸洗い・フラッシングを行うことを決めたと主張するが、酸洗いは単品で出来るから、配管が完了している必要はない。  W  担当者が、  I  担当部長に「見積りが高額なので一部負担してほしい」と要求したところ、応分の負担をするから早く施工して欲しいと言った。また、再度の酸洗いは不要な工事であり、残工事には当たらない。請求金額は施工業者の見積りを基に算定した。請求金額は金18,000,00O

円である。

(  I  の主張)

油圧管を取り付けると全配管につきブラッシングのみでなく、前提としての酸洗いが必ず必要である。これは  W  の所掌工事であった。関係者協議のうえ納期に間にあわすため、油圧管の全管を取り付けた後に、配管を外さずに再度酸洗とブラッシングを行うことを決定した。納期までに時間が不足したことの責任は  T  にある。

ただ、  W  の担当者より、フラッシング費用が予想外に高額となったので  I  に一部負担してくれるように申し入れがあり。  I  、  W  及び  T  で協議を重ねたが結論が出なかった。

 

(v)甲板油圧機械据付工事

(  T  の主張)

この工事は、2004年12月13日、  I  のサイトハウスにおいて  I  担当者より  W  の担当者が口答で依頼を受けた。架台の鉄製ライナーの平面度が不良であったことから、その修正方法につき、  I  と  W  の話合いでは馬蹄調整を行うことになった。ところが、  I  と  K  との話合いではチョックファースト方式の採用が決定された。  I  から  W  ヘチョックファースト方式によるライナー精度の修正が指示された。この方式による修正が合意された後になって、工事の開始にストップがかかったりしたことにより工事費が大幅に増大した。  W  は指示を受けるまでチョックファースト方式のことは一切聞いていない。どの修正方式を採用するのかは造船所の裁量の範囲であり、  I  の指示により余分に要した費用(架台改造・ストッパー増設)は、過剰工事による費用である。チョックファースト追加費の代金は、業者見積額約金7,500,00O円のうち、60%は  I  の不手際による工事費の増大として算定した。架台改造・ストッパー増設工事代金の請求金額は、金10,460,000円である。

(  I  の主張)

チョックファースト方式で修繕することは認めるが、その余は否認する。

この方式は短期で済む。納期に間に合わすために、工事は  I  と合意のうえで行った。納期までの時間不足を生じたのは、  W  の建造遅延と鉄製ライナーの不良が原因であり、  I  が費用を負担する理由はない。

 

(vi)クレーンテスト時機関部作業人件費

(  T  の主張)

この工事は、2005年1月19目、  W  サイトハウスにおいて  I  の担当者から  W  の担当者が依頼を受けた。甲板機械及びクレーンの運転作業は  I  の所掌範囲であり、  W  には、クレーン運転時におけるエンジン稼働中の立会業務を行う義務はなく、  T  及び  W  は  I  の求めに応じて協力しただけである。請求金額は業者の見積りを基に算出した。請求金額は金500,000円である。

(  I  の主張)

作業が  I  の所掌であることを認め、その余は否認する。  I  は  W  に業務を委頼したことはなく、すべて  I  が行った。

 

(vii)電装工事

(  T  の主張)

この工事は、2004年12月30日、本船の建造現揚において、電線ラックの吊り金具及び分岐電路の配電方法の変更につき、  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。電線ラックの吊り金具及び分岐電路の配電方法については、図面上の指示がなく、  W  は適式に通電を可能にしていた。工事完了後における配電方式の変更は全く不必要な補強工事であり、  W  が工事を完了した後に依頼された工事であるから残工事に当たらない。CSQSでは基本的なことのみを定めている。  I  が何を基準に不適切というのか不明である。  I  は  W  が自らの判断で行ったというが、  I  の指示なしに行うことはあり得ない。請求金額は業者の資料を基に算出した。請求金額は金4,100,00O円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。  I  の担当者が  W  の担当者に指示したことはあったが、  I  主張の内容に限定されるものではなかった。電線敷設方法については、CSQSに詳細な規定があり、  W  による敷設はこの規定に違反していために  I  が改修を指示したものである。

 

(viii)居住区内装工事

(  T  の主張)

この工事は、2004年12月30日、  I  の担当者より  W  の担当者が依頼をうけた。  W  は、すべての居室について中国で工事を完了している。  K  は、中国製を韓国製に替えるように要求し、  I  はこれを  W  に要求した。内装工事は品質上問題がないので、工事は新たな工事依頼である。  K  は中国製の防熱材が気に入らなかったに過ぎない。請求金額は業者の見積りを基に算出した。請求金額は金3,80O,000円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。居住区内張内部に不良箇所(具体的に指摘する)が存在し、内張を外して手直しをせざるを得なかった。中国製防熱材の見栄えとは無関係である

 

(ix)足場リース代

(  T  の主張)

  K  の規則により、部分的な工事でも工事区域の全てに足場を設置しなければならなかったために、  W  はその費用を負担した。足揚のリース代を  I  に請求する。請求金額は金1,650,000円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。  K  の構内で工事を行わなければならなくなった原因は  T  にあるので、費用は  T  が負担すべきである。

 

(x)クレ一ン運転、船体移動時の油脂代(船体移動時油脂代)

(  T  の主張)

この工事は、2005年1月5日、  I  の担当者から  W  の担当者が依頼を受けた。バージの試運転に要する油脂代は  T  が負担しなければならないが、クレーン運転や構内移動に要する油脂代は当然  I  が負担すべきであるから、  W  が積み込んだ油脂から  W  が使用した分を差し引いた残油は、  I  が買い取ることとなっていた。積み込んだ油脂、金2,358,130円から  W  が使用した分50O,0OO円を差し引いた金額を  T  は請求する。請求金額は金1,850,000円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。  I  は、  W  から試運転が始まるので次からは  I  で油を買ってくれと要請され、それ以後は  I  が油を調達しており、  W  の油脂を使ったことはない。仮に、残油があった場合に、入れた者が残油量を知らせることになっているのが通常であるが、引渡時に  W  から何の連絡もかった。丙第27号証は実際に測定した値を記したものか否か非常に疑わしく、信用性はない。

 

(xi)油圧作動油再生処理

(  T  の主張)

2005年1月11日、  W  サイトハウスにおいて  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。依頼内容は、油圧タンクの作動油3,00OLを抜き取り、再生処理した後にタンク内に戻すというもの。  K  が入れ替えを要求し、  I  が  W  に指示した。サンプルを  W  は分析したが異常がなく、使用が可能な状態にあったので、入れ替えは不必要な工事であった。  I  は汚染度(NAS11)が油圧機メーカーの要求値を超えていたので、再生処理が必要となったと主張するが、汚染度は基準値内(NAS10)であった、汚染度が11級であったという主張自体が誤りである。また、  I  は汚染度が出る前に再生処理を命じたので、汚染度が油圧機器メーカーの要求値を超えたので再処理を命じたという  I  の主張も誤りである。  T  、  W  には契約上施工の義務はなかった。  I  は、オイルタンクの塗装不良が再生処理の原因となったと主張するが、オイルタンク内は通常は塗装しない場所で、塗装は、当初の契約上要求される品質を大幅に超えていて、  W  は施工の義務がなかった。請求金額は金440,0OO円である。

(  I  の主張)

釜山到着後作動油を分析すると、油の汚染度が【NAS】等級で11となっていて、  K  は新油の購入を  I  に求めたが、再生処理で妥協させた。汚染度は信用性がある甲第26号証で裏付けられる。丙第28号証の1は甲第26号証と異なり、検査員が記名押印して作成した検査結果の写真付きの書面が添付されておらず、証明書として不完全である。検査結果の写真がなく汚染度が10級である客観的な裏付けを欠く。汚染度が10級で、再生の必要がないと  T  が考えていたのならば、丙第28号証の1を  I  に提示してその旨説明をするはずであるが、そのような行為は一切なかった。丙第28号証の1は訴訟ではじめて提示された。

 

(xii)ワイヤーリング工事

(  T  の主張)

この工事は、20O5年1月5日、  W  サイトハウスにおいて  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。作業内容は、操船用アンカーウインチ8台のドラムにテンションをかけながらロープを巻き込むことであった。アンカーウインチは、一旦実際に使用すれば、次に巻き込む際にアンカーの重みにより自然にテンションがかかるので、納入の際にそれをする必要がない。それゆえに、  I  の要求工事は明らかに過剰工事である。  I  所掌のクレーンウインチは乱巻きを生ずるおそれがあるが、それとは違い、アンカーウインチについてはテンションをかける必要はない。代金は見積書を基に算定した。請求金額は金3,280,000円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。アンカーは20トンの重量があり、負荷がかからないことはないし、特にアンカーが海底にひっかかった場合にウィンチのブレーキカ200トンまで負荷がかかる。そうすると、乱巻きになった場合に、加重によりドラムに巻いたワイヤー同士が絡み合い、素線を痛める可能性がある。乱巻き防止のためテンシヨンをかける必要がある。

 

(xii)デッキクレーン、バラストコントロール技術派遣(技術員派遣費)

(  T  の主張)

この工事は、2005年1月10日、  W  サイトハウスにおいて  I  の担当者より  W  の担当者が依頼を受けた。この工事の技術員派遣は  W  の義務であった。  I  のテスト拒否(冷却水配管が未完成を理由に)、船体移動等により作業効率が悪化し、作業員再派遣を余儀なくされ、過分な費用の出費がなされた。DKクレーンの荷重検査は30分で済むうえ、酷寒の釜山でのテストであるからテストのために冷却水の配管が完成している必要はなかった。

バラストコントロールにつき、内部の工事及び塗装はすでに完了していたが、  I  が独自の工事をしたために、タンク内に水を張れなくなり、  W  の技術員に手待ちを生じ、技術員が長期の滞在を余儀なくされた。請求額は、業者への代金が倍増したものとして算定した。請求金額は金1,100,00O円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。デッキクレーンの完成荷重検査は、冷却配管装置が完成した状態で実施すべきもので、未完成の状態では検査が実施できなかったものである。作業員の再派遣は  T  の施工遅延が原因であるため、  I  が費用を負担する理由がない。バラストタンクは中国で完成されていなかったが、  W  はこれを完成させずに業務を放棄した。そのために、バラストコントロールは満足になし得る状態ではなかったので、  I  がバラストタンクの工事したもので、技術員の長期滞在の原因は  W  にある。

 

(xiv)  W  諸経費

(  T  の主張)

釜山での工事は、2004年12月25日に完成予定であったが、  I  の過剰要求のため大幅な遅延を生じた。2005年3月2日まで  W  は作業員を派遣することとなった。そのために、  W  は余計な費用を負担した。請求金額は金16,180,0OO円である。

(  I  の主張)

  I  は否認する。本件バージの完成が遅れたのは、  T  等による不良工事、サボタージュなどに原因があるので、  W  作業員の派遣長期化に関しての費用を  I  が負担する理由がない。

 

理由

 

1 反対請求申立書(  J  への追加支払い)

1.      中国での工事に関する請求全体として

一般論としては、  T  が本件建造契約で義務を負わないなんらかの追加的工事を行ったことを理由として、請負代金とは別の報酬を請求し、その請求が認められるためには、契約当事者の間に、少なくとも注文した追加工事の内容とその仕事に対する報酬に関して、合意(追加の請負契約)が成立していることが確認できなければならない。反対請求仲裁申立書のなかで、  T  は、暫定見積りによる工事着手及び  I  によるたびたびの仕様変更が当初の見積りより多額の費用を負担した理由であることを挙げる。暫定見積りに基づく請負金額であることは、本件建造契約書に記載されていないし、契約後実際の費用額が増加した場合の費用負担についても記載されていない。たびたびの仕様変更があったとしても、  T  がそれに応じる際に増加費用の負担について取り決めをした事実もない。

ただ、本件の場合に、本件バージの引渡しを  J  から受けるために、  W  が追加費用を  J  に支払わざるを得なかった特殊な事情があったことが認められる(丙第14号証)。  I  は、本件の追加支払の請求は、  T  と  W  との間の契約に基づく請求と思われるが、自分は当事者ではないので支払い義務はないという。しかし、  T  と  I  の間で、追加費用の負担について話し合いが行われている事実があり(乙第1号証)、  I  が自分は無関係と言わないで、話し合いに応じている。この事実は、  I  が上記の特殊事情を考慮したためと考えられるので、  T  と  I  の間で取り交わされた話し合いの内容を請求項目ごとに検討して、  I  の負担とすることが妥当であると考えられる請求項目については、  I  が負担すべきである。

2.  個別講求金額ごとの判断

(1)全部又は一部認められる  T  の請求

(i)船殻重量増加分

  T  、  I  及び  W  との間に重工量に増減が生じた場合に、後に調整する基本合意があったことを  T  は主張する。丙第14号証はこれをうかがわせる証拠文書である。基本合意の存在は、  T  の請求を肯定する重要な主張であるが、この重要な部分に対する反論が  I  からなされていない。

  T  は、鋼材が増加した理由を説明している。それは以下のように理解される。  W  、  J  は、  I  の推定重量を基に必要な鋼材の重量を計算したが、後になって実際に使用した鋼材の重量を重量明細表により調べたら、4,160トン使用していたことが判明した。この主張は、使用鋼材の重量増加の理由が  I  の必要鋼材重量の推定に起因していることを主張するもので、この主張も  T  の請求を判断する上で重要な主張であるが、この主張に焦点を合わせた反論も  I  からなされていない。

乙第1号証の書面のなかで、  I  は船殻重量の精算分については、精算重量127トン(重量増加分160トンから要控除トン数を差し引いたトン数)に相当する精算費用を認めている。この提案は実現を見なかった。しかし、  I  が  T  と同じく船殻材160トンの増加を認め、その増加量を基に計算した費用額の負担を認めている。このことは、  I  も上記  T  主張と同じ事実に基づいて自己の負担を提案したことを示す。少なくとも、増加額160トンを基に計算した金額を  I  が負担することはやむを得ないという、  I  の意思を示していたものと言うことができる。以上の諸事実を総合して、仲裁廷は船殻重量の増加による費用を追加工事による費用と認めるのが妥当であると考える。

  T  は増加分として金17,421,600円を主張する。  I  はこれを争っている。  I  は、乙第1号証の書面中で、金13,828,000円の負担を提案している。  I  に負担を求めるのであれば、  I  が負担を提案した金額を  I  は支払う義務があると認めるのが相当である。  I  は  T  に対し、金13,828,000円を支払わなければならない。

 

(ii)クレーン部出口装置取付工事

  I  は  T  の主張事実を概ね認めていたが、後に否認に転じている。しかし、丙第15号証でも工事の依頼があった事実が認められる。  I  の  T  に対する提案(乙第1号証)においても、「弊社直接依頼工事分」として  T  主張の金額、金1,921,500円をそのまま負担する提案をしている。これは、  I  が  T  の主張事実を認めた上での提案と解することができる。  I  は  T  に対し、金1,921,500円を支払わなければならない。

 

(iii)建造保険料追加

  I  は  T  の主張事実を概ね認めたが、後に否認に転じている。  I  は乙第1号証の書面のなかで、建造揚所の移動につきその責任を折半するという考えは合理的である旨を述べている。建造場所の移動に至った経緯及び保険証券コピー(丙第16号証)に手書きされた記載から判断して、仲裁廷も  I  が保険料を折半して負担することが合理的かつ公平であると考える。保険料の追加分の半額、金384,300円を  I  は  T  に対して支払わなければならない。

 

2.  認められない  T  の請求

(1)艤装取付部材・配管取付部材の重量増加

  T  は暫定見積の下で工事が始まったことを請求の根拠とする。たとえそうであるとしても、請負金額を明示して本件建造契約を締結しているので、  T  の主張は契約で約定した金額を超える金額を請求する法的な根拠として薄弱である。  T  にとっては費用増加の可能性は予測可能であったといえるので、少なくとも、工事着手前にそのことを  I  に通告しておくことはできた。しかも、  T  は単に増加分として金額のみを挙げていて、主張金額が正確かつ妥当であることを示す証拠を出していない。艤装取付部材増加分、金25,620,000円及び配管取付部材増加分、金4,483,500円の請求は認め

られない。

 

(2)ケーブルの追加購入

  T  はケーブルの長さが不足したことが判明したというが、見積りが  I  側の資料に基づいてなされたのか、あるいは、不足が  T  の責めに帰すべきその他の事情により生じたのか否か分らない。  J  、  W  又は  T  が、長さの見積りを誤った結果の不足であれば、請求は論外である。この請求の場合も請求の根拠が明らかではなく、金1,281,000円の請求は認められない。

 

(3)艤装品の購入

  T  は、追加請求の理由として、工事が暫定見積りで工事を開始せざるを得なかったことを主たる理由とする。それにもかかわらず、正確な見積り資料が調った段階(  I  から出されたスペック、仕様の変更)になった時に、正確な見積り資料による見積額が暫定的見積額に超過することを明らかにして、請負金額に含まれないことを確認しておくべきであった。少なくとも  T  は、暫定見積金額とスペックや変更仕様書による費用の差がそれぞれの追加請求金額になることを費用ごとに具体的に示すべきであると考えられる。  T  は、第4準備書面(第3-1(3))において上記と同趣旨の主張を  I  に対して行っている。この主張の趣旨に照らしても、  T  は具体的な立証をしているものとは認められない。金6,405,000円の請求は認められない。

 

(4)その他の追加諸経費

  T  は請求する諸経費の内訳を提出しているが(丙第17号証)、その明細を明らかにしていない。それに加えて、請求金額自体が  W  と  J  との間で交渉の結果として決められていて、  T  がこれに関与したことは示されていない。このような諸状況の下で、  T  主張の金額が妥当である裏付けは存在しない。  T  は、請求する諸経費の明細、それらが  I  の仕様変更とどのようにかかわっているのか、その額が妥当な金額であることにつき明らかにしていない。これらを明らかにすべきとする同じ要求は、  T  が第4準備書面や準備書面のなかで  I  に対して示した立証上の厳しい要求でもある。金16,012,500円の請求は認められない。

 

2   T  の拡張請求

1.拡張請求全体として

  T  の拡張請求は、  I  の依頼による工事費用の請求を主とするが、このほかに、足場リース代の請求(請求項目番号9)及び  I  の責めに帰すべき遅延による費用の請求(同14)からなっている。

  T  が韓国における工事で費用を請求する各追加工事・過剰工事は、  T  と  I  との間で締結された本件建造契約の範囲(スペック)外の工事である、と  T  は主張する。  T  は韓国における工事は本件契約とは別個の契約に基づく工事であると主張するので、  T  が完成の義務を負うのは、本件建造契約のスペックに従って建造されたバージに関して、未完成のまま残された工事部分及び施工したがスペックの要求を満たしていない工事部分であり、それは残工事の完成義務に外ならない。従って、  T  は残工事の範囲に含まれない追加工事又は過剰工事を  I  から依頼されて行った場合にその費用を請求できることになる。

  I  から  T  に対してなされた請求において、残工事の範囲は最後まで確定していなかった。このことは、本件反対請求にも当てはまる。従って、  T  は、  I  が残工事の立証を認められなかったと同様に、拡張請求の各項目が残工事の範囲を超える過剥工事又は追加工事を行ったことによって生じた費用であることを証明することはできない。そのためか、  T  は  I  の「工事の依頼があった」ことを請求の根拠としている。残工事の範囲に含まれる工事の場合には、「工事の指示があった」、「工事の要求があった」等の言葉が用語法としては一般であろう。  I  が工事の依頼をしたということは、  T  との間の約束に含まれない別の工事ないしは迫加の工事を依頼してきたので、  T  はこれを承諾した。それゆえ、  T  は  I  に対し費用の請求ができる。  T  の請求を以上のように理解することができる。  I  が費用を認めたものを除いて、拡張請求の各項目につき、上に述べた理由によって、  I  から  T  に工事の依頼をした文書その他の明確な証拠が必要であるといわなければならない。

  T  は、第4準備書面(第3-1(3))において、  I  が行うべき立証につき  T  の見解を示している。  T  の見鯉はそのまま本件拡張請求においてにも当てはまる。  T  が提出している証拠(丙第18号の1乃至丙第30号)には問題があると言わなければならない。  W  が  I  から直接依頼を受けたことを立証する証拠として以下の証拠をみた場合に、丙第18号の1、丙第19号の1、丙第20号の1、丙第21号の1、丙第22号の1、丙第23号の1、丙第24号の1、丙第25号の1、丙第26号の1、丙第27号、丙第28号の1、丙第29号の1、丙第30号には問題がある。依頼の事実を証明しようとしているこれらの書類は、依頼者である  I  により作成されたものではなく、  W  が作成したもので、しかも、工事の依頼があった目時に作成されたものではなく、すべて、平成17年8月8日が作成の日となっている。現場で作成された書類ではないので依頼者、被依頼者の署名もない。残工事と当該依頼による工事との関係につき話し合いがあった事実も記載されていない。依頼工事であれば費用の負担関係についても言及がなければならないが、これについての記載もない。

これらの文書とともに証拠として提出された工事の行われたことを示す証拠と合わせると、本件バージについて行われた工事であることは分かる。しかし、  I  からの依頼により行われた工事であることを証明する文書であるとはいえない。  T  が提出している証拠は、すべて  W  が現場で直接  I  から依頼を受けた事実を立証しようとしているものである。この事実を示す証拠書面は、依頼のあった時点で  W  と  I  との間で作成されたものでもなく、また、  I  からの依頼書、  W  又は  T  の請書及び  W  から  I  に対する見積書等は本件拡張請求において全く提出されていない。  T  が  I  から依頼があったことによって工事を行った事実は、  T  提出の証拠によっては証明されているとはいえない。また、  T  提出の証拠は請負金額に含まれない有償での工事の申込みを受けた事実を証明していない。しかも、上記  W  への依頼を示す証拠書類のなかには、依頼の事実とどのように関係している費用なのか理解が難しいものも含まれている(丙第27号証、丙第30号証)。

仮に  T  の請求が認められるとしても、  T  が請求する金額が妥当な金額であることの証明が行われていることについての検討が必要である。  T  が請求する金額の多くは見積書の金額に基づいている。見積書はあくまで見積りの金額を記載した書面であり、その金額通りに契約が締結される保証はない。契約に至らない場合もありうるのであり、成約の揚合でも、値引きされた金額で契約に至る場合も多いと思われる。契約書、請求書、又は金額の領収書を  W  及び  T  は出していない。従って、金額の妥当性も判断できない。ウォンから円への換算率が示されていないことは、  I  が指摘するところでもある。

 

2.  個劉請求金額ごとの判断

(1)一部認められる  T  の請求

(i)配管工事

  I  は仕切り弁の増設について工事内容のみを認め、それ以外は否認している。  I  は、費用は総額50万円程度で足りると主張する。油ぬき工事については、  W  に責任のある不具合の補修費であり、  I  の負担ではないと主張する。  I  のこの主張は認められる。材料費代金を除く工事費が見積書に記載された金額によって算出されていて、契約書、領収書等による証明がなされていない。ウォンから円への換算率も不明である等の不備があり、  T  主張のままの金額を認めることはできない。ただ、  I  は50万円が妥当な金額と言っているので、  I  は  T  に対して金500,000円を支払わなければならない。

 

(ii)L0管新規作成工事

  I  は、  W  が手配した配管業者から相談を受けたが、具体的な対応については  W  にゆだねた、と主張する。一方、  W  が補修工事で十分と考えていたにもかかわらず、新規作成を行った事実、客先から新規作成の要求があったと  I  が言っていることからみて、新規作成についての  I  の要請があったことがうかがえる。新規作成は  I  の依頼による工事と判断するのが妥当である。ただ、  T  が請求する金額は業者の見積書によって算出されている。契約書、領収書等は証拠として提出されていない。見積りはあくまでも見積りで、正確かつ妥当な金額であるとはいえない。また、  T  が支出を行ったことを証するものでもない。支出金額の証明が充分になされていない。請求金額の半額金1,150,000円を  I  は  T  に対して支払う義務を負うと結論するのが妥当であると考える。結論として、  I  は  T  に対し、金1,150,000円を支払わなければならない。

 

(iii)油圧管酸洗い、フラッシング工事

  T  は中国での工事分について、酸洗いは不必要であり、フラッシング方法も過剰工事であると主張し、残工事は韓国で取り付けたデッキ上の油圧管(20m弱)の取付け、酸洗い及びフラッシングのみであると主張する。これに対して  I  は、上記の工事は当事者の協議により決められたものと主張する。  I  から  W  に直接依頼されたと言う  T  の主張とも対立する。

本件の争いにおいて、残工事の範囲は確定していないので、  T  の上記の主張の正当性を判断することはできない。実際に  T  が請求する内容の工事を  W  が行う際に、  I  も当事者の協議に参加している。後に争いの原因となることが明らかに予想されるこのケースの場合に、工事の費用負担につき協議をしないまま、工事が行われてしまった責任は  T  、  I  双方にあると言わなければならない。それゆえ、  I  も費用の負担を免れることはできない。  T  が主張する費用額は見積書により算出されていて、契約書、領収書等によるものではなく、実際に  T  が支出した金額を証明するものではない。本項の工事が協議により決められたこと及び費用の負担を決めないで工事が行われた責任は  T  及び  I  双方にあることに加えて、  T  の費用額の証明が不十分であることの二つを勘案して、  T  が請求する金額、金18,000,000円のうちその3分の1の金額、金6,000,000円を  T  に認めるのが妥当と考える。  I  は  T  に対し、金6,000,000円を支払わなければならない。

 

(2)認められない  T  の請求

(i)主発電機関LO管、FO管ブラッシング工事

  I  は、  T  からの依頼の事実を否定し、不合格の判定をしたに過ぎないと主張し、両者の主張は対立する。  T  の主張内容にはもっともと思われる部分もあるが、全体として  T  の主張を認めることはできない。以下にその理由を述べる。仮に  I  からの依頼が事実であるとしても、  T  (  W  )が依頼を受けた際に、  I  の依頼内容は自分が認める残工事に含まれないことを主張し、自己が残工事と認める工事費と  I  からの依頼による工事費の差額を当事者間で詰めておいた事実を  T  はなんら示していない。さらに、残工事として行う場合の費用額も  T  は明らかにしていない、  T  が過剰工事として講求する金額は業者の見積りをもとに作成したと  T  は言う。契約書、領収書類の提出はない。見積書には値引きで最終的に契約したことを窺わせる記載もあり、ウォンから円への換算率も明らかでない。  T  は金3,070,0OO円が  I  の依頼による出費であることを証明しているとは認められない。金3,070,000円の請求は認められない。

 

(ii)甲板油圧機械据付工事

  T  の主張では、約定のストッパーは中国ですでに完成しているので、チョックファースト方式が採用されたことがストッパーの増設を必要とするようになったと解釈される。  T  は、この補修方式が  I  の依頼によって採用されることになったと言う。しかし、  T  は、あらかじめ  I  が了承した馬蹄調整とは違った補修方式を  I  から指示されたために、関係者で協議した結果、チョックファースト方式による補修とそれに伴うストッパーの増設が決まったと理解するのが妥当である。  T  の主張を見ると、依頼があったとされる同じ日に、「依頼」をしたのと同じ人物が  W  の担当者に「指示」をしたことになっている。  I  と  K  との間で決められたチョックファースト方式による補修の指示を  W  の担当者が受けて、  K  を含めた関係者の協議が行われた結果、関係者の間でこの方式による補修が合意されたと理解するのが自然である。従って  I  から追加工事の「依頼」があったと  T  が主張する部分は、それに続く  T  の主張(  I  担当者からの「指示」)と矛盾する。

補修方式は本来  W  の裁量にゆだねられているとしても(  T  の主張)、結果として  W  は他の方式による補修を承諾した。しかも、  W  は、自己が考えていた補修方式と異なる方式の採用によって補修費用が過大にかかることは認識していたはずであるから、費用負担についても合意しておくべきであった。  T  は、  I  との間でこの合意をしたことを示していない。以上、  T  は追加工事の依頼を受けた事実について立証をしていないと言わなければならない。

また、  T  は不良箇所の修復の義務を負っていることは認めているのであるから、本来この費用は負担しなければならないと考えられる。  T  は工事費用の60パーセントは  I  の不手際による工事費の増大であると主張する。  T  はチョックファースト方式によることを承認したという前提に立ち、  T  は、費用の40パーセントが馬蹄調整により本来  T  が負担すべき金額である、と言っているものと理解される。このように解すれば、  T  の主張をよく理解できる。いずれにせよ、40パーセントが妥当な金額であるという根拠は示されていない。  T  が請求する金額(円)が、証拠(丙第22号証の3〜5、丙第23号証の2)に表示されている金額(ウォン)とどのように対応しているのか(換算率についての説明もない)不明である。以上、  T  の  I  に対する金10,460,000円の請求は認められない。

 

(iii)クレーンテスト時における機関部作業人件費

  I  は試運転を依頼した事実を否定する。丙第24号証の1は、  W  により事後に作られた書面であり、これにより  T  は  I  からの依頼の事実を立証しているとはいえない。丙第24号証の2には、「機関部仕上」の記入があるが、この文字のみ手書きにより記入されている。仮に、機関部の人件費についての見積書であることが真実であるとしても、この見積書に書かれた人件費のどの部分が、クレーンテストに使われた費用なのか、明らかにされていない。また、テストに使用された分が270時聞とする根拠も示されていない。金500,000円の請求は認められない。

 

(iv)電装工事

  T  は以下の理由で残工事には含まれないと主張する。  T  が費用を請求する工事は、図面上  I  からの指示がない事項である。電気艤装についてCSQSは基本的なことしか定めていない。さらに、本件バージは中国における工事で通電可能な状態におかれていた。これに対して、  I  は、  T  の工事はCSQSに違反していた(甲第25号証)ので補修を指示した、と反論する。工事の依頼があったか否かを決定するために、  I  に対する  T  の反論が重要であるが、  T  からの反論はなされていない。

加えて、  T  が請求する工事費の根拠について、  T  は、業者の資料により算出したというが、この資料のうち、請求書の宛先は「  K  」となっていて、  W  ではない。金額がすべてウォンで記載されている書類のなかで、どの金額を合計したのか、換算レートはいくらか、明らかにされていない。

結論として、金4,100,000円の請求は認められない。

 

(v)居住区内装工事

  T  は  I  の依頼により行った工事と主張するが、  I  は否認し、不良工事の手直しであると主張する。  T  は  I  よりの依頼の事実及びこの工事が、自己が義務を負う残工事以外の追加工事であることの立証をしているとはいえない。請求金額も見積書により算出していて、そのほかの資料は提出されていない。金3,800,000円の請求は認められない。

 

(vi)足場リース代

足場リース代は、  K  の構内で作業することに付帯する費用で、この付帯費用について特段の合意が事前になされていない以上、同重工の構内で残工事を完成させることを引き受けた  T  が負担すべきものと解される。請求金額についても、  T  は算出の根拠を示していない。金1,650,000円の請求は認められない。

 

(vii)クレーン運転、船体移動時の油脂代

  T  は、本工事が  I  から依頼を受けた証拠として丙第27号証を引用する。この証拠書類は他の工事依頼と同じ書式を使用しているため工事の依頼がなされたことを証明する書類であるかのような誤解を読む者に与えるが、書類の内容は、工事の依頼ではなく、クレーンの試運転、船体を構内移動する際の油脂の買取りを  I  に求めたものである。  I  は、通常油を入れた者が引渡時に残量を知らせることになっているが、  W  から何の申し出もなかった、丙第27号は実際に測定した数値を記したものかどうか非常に疑わしいと主張し、この主張を認めることができる。以上、金1,850,000円の請求は認められない。

 

(viii)油圧作動油再生処理

  I  からの反論に照らして、本項の工事は、追加工事の依頼ではなく、汚染油の再生処理を  I  から  T  に求めたものであると解される。油の汚染度に関して甲第26号証には濾過前の数値(汚染度)が記載されているのに対して、丙第28号証の1にはその記載がなく、証明書として不完全とする  I  の主張が認められる。金440,000円の請求は認められない。

 

(ix)ワイヤーリング工事

操船用ウィンチのドラムにテンションをかけながら巻き込むという依頼が  I  からなされた段階で、  T  は、本件拡張請求で主張しているように、その必要がないことを告げることができたはずであり、さらに、  T  がもし引き受けるとすれば有償の工事となることを告げるべきであったが、  T  がこのことを告げたことは示されていない。  I  の主張にも説得力があり、  T  は反論をしていない。これに加えて、  T  の請求額は見積書により算出されている。金3,280,000円の請求は認められない。

 

(x)デッキクレーン、バラストコントロール技術員派遣

  T  は丙第30号証を引用して、  W  がサイトハウスで  I  から依頼を受けたものとするが、  W  が何の依頼を受けたのか明らかではない。技術員派遣はもともと  T  の所掌であるから、技術員の派遣につき、  I  から派遣の依頼はありえない。丙第30号証の工事の具体的な内容欄に記載されている事実は、依頼とは関係がない事実である。請求の内容は、技術員の費用につき、その増加分を  I  に対してその支払いを求めるものである。  T  の主張は、技術員の費用が増加したのは  I  に原因があり、  T  が義務を負う残工事による費用とはいえないので、費用の増加分につき  I  が負担すべきである、ということであろう。丙第30号証は、  T  の請求事実を立証するものではない。費用増加の原因について、  T  及び  I  の主張は、いずれを正しいとするか判断が困難である。  T  は自己の主張を立証していない。請求金額の算出についてもその根拠が曖昧であり、なぜ倍増として算出したのか明らかではない。金1,100,000円の請求は認められない。

 

(xi)  W  諸経費

  T  は、釜山での工事は2004年12月25日に完成予定であったが、  I  の過剰要求があったために大幅な遅延を生じ、同年3月2日まで  W  は作業員を派遣することとなった、と主張している。残工事の範囲につき合意ができず、  T  (  W  )は自ら残工事と認める範囲の工事を行ったのであり、  K  の要求による工事及び内容不明な工事については、  I  が自らの費用で業者を使用して行ったとされている(乙第16号証17頁)。また、本件拡張請求のもととなった訴訟、すなわち、  W  が  I  に対して提起した請負代金請求事件において、その判決(東京地裁平成19年6月14日のなかで、  I  は  T  に対して「本件残工事のうち合意に至らない部分については被告が自ら施工し、その費用を  T  に請求する旨の書面を交付した」ことが認定されていて(丙第44号証24頁)、上記乙第16号証の陳述と符合する。残工事の範囲につき当事者の見解が分かれるなか、  T  は自己が残工事と主張する工事を行ったのであるから、  T  の立場からみて残工事ではない工事の依頼又は指示がなされた際には、残工事の範囲外の工事であることを  I  に対する関係で明確にしておくべきであった。このような事実を示す証拠は提出されていない。

以上の事実に照らして、  I  の過剥要求によって工事の大幅な遅延があった事実は認めることができない。また、  T  は請求金額につき算出の根拠となる資料を提出していないし、その金額の妥当性についても明らかにしていない。金16,180,000円の請求は認められない。

 

3 結論

以上、反対請求についての結論は以下のとおりとなる。  T  の反対請求仲裁申立書(平成18年6月7日による請求、金73,529,400円のうち金16,133,800円につきその請求を認める。  T  の反対請求拡張申立書(平成20年10月3日による請求、金141,759,400円のうち金7,650,000円につきその講求を認める。合計金額は、金23,783,800円となる。また、この認定金額に対しては、本仲裁判断のなされた日の翌日から完済に至るまで年6分の割合による金利を支払うことを相当と認める。

仲裁費用は、反対請求が本請求と併合して審理されたため、第1部主文4.による  T  及び  I  各自の負担に含まれるものとする。

よって、反対請求について、主文のとおり判断する。

 

4 当事者への要望

本件においては、仲裁手続の過程において、  T  につき更生手続開始という、特記しなければならない特別な状況が生じた。

本仲裁廷は、本請求申立及び反対請求申立双方について、当事者の一方に偏らない公正な判断をするために、多大な時間をかけ、当事者双方の請求について、同じ判断基準に従って厳密かつ厳正な評価を行い、上記の結論に至った。第1部及び第2部の結論において認容した債権は、認容金額を異にするが、言うまでもなく、債権として平等ないしは対等な価値を持つものとして本仲裁廷は認容したものである。それゆえに、本仲裁廷が努力した結果をそのままで残すためには、この平等・対等な価値が、各債権の弁済時まで保持されていることが必要である、と仲裁廷は考えた。このための一手段として、仲裁判断のなかで両当事者に対して認容した各債権の金額を差し引き計算して、  I  の  T  に対する債権のみを認めることが至当との結論となったが、このような判断がそもそも許されるのか否かが議論の対象となった。

併合して審理された両請求において、審理終結宣言までに当事者のいずれからも、相殺の仮定主張は提出されていない。当事者の双方が相殺の判断を望んでいないこのような状況の下で、仲裁廷が自らの判断において相殺に類する判断をすることは、仲裁廷の任務の外にある判断行為であると考え、各当事者の仲裁申立による請求を判断するにとどめた。

本仲裁廷が各当事者に認めた各債権の帰趨は、更生手続に委ねられている。当事者は、それぞれの立場において更生手続に関与しているので、上記した仲裁廷の意図が更生手続のなかで実現されるように、仲裁廷は当事者に対して要望する。

 

 

 

 

*当職は被申立人の代理人でしたが、被申立人の倒産により、仲裁判断の直前に辞任しています。

 


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